♦♦♦♦♦♦♦♦♦ カルチャーショック?♦♦♦♦♦♦♦♦♦





 梅雨も終わり、暑さがだんだん厳しくなる7月の中旬。
 期末テストの終わりと共に、学生たちが夏休みのプラン立てに俄かに騒ぎ始める、そんな時期だ。

 それはともかく、かつて「深志きっての美形ヤンキー」として松本中に名を轟かせたという輝かしい経歴を持つ、長野県立城北高校生・仰木高耶は、真夏の蒸し暑さに辟易としながら居間の畳の上に寝転んで、松本の日曜の午後を過ごしていた。

「あっちぃな〜」

 じっとりと滲んでくる汗に顔を顰める。
 やはり扇風機だけでは今年の猛暑は防ぎきれない。かと言ってエアコンをつける気になれないのは、「いやいや、長野県なんてまだまだ涼しい方なんだ。オレが温暖化現象防止に貢献しないで誰がするってんだ!」と意固地に言い張る高耶の貧乏性のサガゆえであった。

 そんな感じにやる事も無くゴロゴロと寝そべっていた時。

 ─プルルルルルル。

 廊下から電話のコール音が鳴り響いた。
 のそのそと体を起こして、気だるげな動作で受話器に手をかける。

「はい、仰木です」
《もしもし高耶さん、直江です》

 予想だにしなかった通話の相手に、高耶は目を瞬いた。

「……直江?」
《ええ、お久しぶりですね》

 真夏の気候に反して、爽やかな声で直江は返事をした。

「なに、いきなり。何か問題でも起こったのか?」
《いえ、仕事の話ではありませんよ。急にあなたの声が聞きたくなったものですから……》
「ふーん。そう……」

 開け放った窓の外から蝉の声が聞こえる。高耶が蝉の声を聞いたのは、今年それが初めてだった。
 押し寄せる眠気に耐えつつ、欠伸をしながら高耶はつれなく言った。

「んで?聞いてもう気は済んだか?」

 直江が苦笑しながら返す。

《いいえ、ちっとも。……それに実はあなたにお尋ねしたいことがあるんです》
「ん?」
《高耶さん、今月の22日から何か予定ありますか?》
「……22日?」
《ええ。23日はあなたの誕生日でしょう?ですから、前日から兄の会社の別荘に行って、23日はあなたと一日中ふたりきりで過ごしたいなと思いまして》
「別荘、ねぇ……」

 高耶が呆れたような声を出した。

《いかがですか?》
「ダメ」

 …………。

 三秒間ほど、二人の間に静寂が訪れた。
 蝉の声が室内に鳴り響く。

《……って、どうしてですかっ?》

 沈黙を破ったのは、宇都宮方。
 まさか断られるとは思っていなかったらしく、(しかも即答で)あきらかに動揺した声で直江が言った。

《何かご予定が?》
「ご予定っつーか、その日オレ学校」
《え?》

 直江は背後を振りかえって壁に掛けてあったカレンダーを覗き込んだ。

《……補講か何かですか?》
「違う、普通の授業。22日って月曜日だろ」
《え、でも夏休みは……》

 受話器の向こうが再び沈黙する。
 高耶は思いっきり大きなため息を一つついた。

「あのなぁ、直江……」
《はい》
「おまえの地方の連中はどうせ、『夏休みは海の日と共にやって来る〜♪』とか思ってんのかもしんないけどさぁ」
《……ええ》
「オレら涼しい地方の人間、……つまり長野県の学校の夏休みはもっと来るのが遅いんだよ。今年は27日から」
《ええっ?》
「いいよなぁ〜。おまえは小学校の時からずぅぅーっと、『夏休みは40日』だったんだろ。……ったく、羨ましいったらありゃしねぇよな〜」

 グサグサと棘のある声音で高耶が愚痴る。
 実は事このことに関して、高耶は長野県人に生まれたことを激しく後悔していた。
 長野県ははっきり言って夏休みが異常に短い。始まるのも遅ければ終わるのもやたら早い。そのうえ北海道などと違って冬休みが代わりに長くなることも無いという、学生にとってはほとんど嫌がらせとしか思えないような県なのだ。
 幼い頃は、全国共通でこういうものなのだと思い込んでいたものだが、どんなTV・雑誌・漫画・小説でも夏休みは20日頃から始まり8月31日に終わっているのを見て、初めて自分たちの方が特殊であることに気がついたのだ。
 8月の末に、「皆さん、夏休みの宿題は終わりましたか?」なんてニュースキャスターが言おうものなら、美弥と二人して「もうとっくに学校始まってるよ!」と毎年のように憤慨したものであった。

《……初めて知りました》
「ああ。オレもこの体に換生して初めて知ったよ」

 口調が嫌味ったらしくなるのは一重に、「夏休み40日グループ」に属する直江への八つ当たりだ。

「まあ、オレの親の頃は8月から始まってお盆明けに新学期だったって話だから、少しはマシになってんだけどさ」

 夏休みが15日間。通常の40日間に慣れ親しんでいる人間には想像もつかない世界である。
 いや、むしろそんなことはどうでもいい。今直江にとっての最大の問題は、「誕生日の朝を二人で迎えることが出来ない」という驚愕の事実である。

(ふ、不覚だ……)

 今年の誕生日の計画は、前々からバッチリと練りに練った完璧なものであったのだ。
 高耶が恥ずかしがって断ろうと、得意の話術で承諾させる自信もあった。
 それがまさか、いざ実行に移そうとした所でこんなカウンターアタックが待っていようなどとは、誰が想像したであろうか?

《……つまり、あなたの誕生日を一日中一緒に過ごすことは、出来ないということですね……》
「そういうこと」
《……不覚でした。あなたの後見人……いや、あなたの魂の伴侶である私としたことが、こんな過失をしでかすなんて》
「いや、それほどのことじゃ……」
《いいえ、大問題です。あなたのことを全て把握しきっていなかったという事実自体が、私には許せないんです》

 受話器越しに、苦悩に満ちた盛大なため息が聞こえた。

《……運命の神はどこまで俺達の邪魔をすれば気が済むんだ》
「はあ?」
《私はただ、愛しい人の生まれた聖なる日を、二人きりで祝いたいだけなのに……》
「おーい、なおえ〜」

 もはや自分の世界に入ってしまったようだ。
 軒先に吊るした風鈴が、チリーンと涼しげな音色を奏でた。

「プッ」

 突然高耶が堪えきれずに噴出す。

「ぷはははははっ、はーはっはっはっ」
《た、高耶さん?》

 一度箍が外れるとせきを切ったように笑いが止まらなくなる。
 高耶は苦しげに腹を抱えながら息を喘がせた。

「馬鹿だなおまえ、冗談だよ冗談。さっきのは嘘っ」
《……嘘?》
「あ、違うぞ。夏休みが27日からってのは本当。断ったのが嘘ってこと」

 先ほどとは打って変わった調子で、高耶が上機嫌に答える。

「さっきのはちょっとからかっただけだ。行くよ。22日、一緒に行こう」
《でも学校は……》
「授業って言っても、夏休み前だからどうせ自習がほとんどだし、普段怨霊調伏のせいでしょっちゅう休んでんだ。今更2日や3日サボった所でそう変わらねぇだろ」

 それに、と一度言葉を切って。

「せっかくの誕生日なんだからかったるい授業で時間潰すより、オレもおまえと一緒にいたいよ」

 サラリと何でもないことのように高耶が呟いた。

《高耶さん……》
「フッ。にしても、さっきのおまえの反応……」

 直江が感激して名を呼ぶと、高耶は先ほどの直江を思い出したのか、再び笑い始めてしまった。
 暫くそのまま笑い続けていたが、ようやく落ち着いて、一つ大きく息をつく。

「あーあ、おかしかった」
《……酷いですね》
「悪い悪い。ま、いいじゃん。おまえもオレと一緒にいられて嬉しいだろ?」
《……そうですね》

 敵わないな、と直江は苦笑した。
 それからこまごまとした予定を伝えあって、しっかりとバースデーイブの約束を取り付ける。

《それじゃあ、22日学校が終わる頃に迎えに行きますから》
「ああ、分かった。」
《……それと少し先の話ですが、8月の17日に××湖の花火大会に一緒に行きませんか?》
「17日?……えーと、ああ……うん。まだその日は夏休みだな。いいぜ」
《……ちなみにいつから新学期なんですか?》
「8月19日」
《それは……難儀ですね》
「おまえもオレとデートしたいなら、長野県の教育事情ぐらい把握しとけ」
《そうします……》

 高耶が軽やかに笑って、つられて直江も穏やかに微笑んだ。
 いつの間にか真夏の暑さも忘れてしまっていた。

 そして二人は別れの挨拶を交し合い、次に会える日を心待ちにしながら、受話器を名残惜しげに置いたのであった。



 ……しかし、直江はそれから半年後に同じ失敗を繰り返すことになる。
 長野県は、夏休みと冬休みの合計が日本一少ない都道府県なのだ。
 したがって高耶は半年後、直江と過ごすためにクリスマスに学校を休むはめになるのであった。

                                        
end!!





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 この作品は、2002年の高耶さんBirth day企画の作品として、「GYPSUM」様に献上した過去の遺物です。
 「青春の色はキツネ色」の次に書いた、納多のネットデビュー作第二段ですね。
 ちょっとだけ修正を加えて今回当サイトにup致しました。
 内容についてですが、この長野県の実態は意外に知られていなかったようで、「初めて知りました〜」というご感想を多数いただけて、書き手としては「してやったり★」でした(笑)。
 私は静岡県出身ですが、母方の実家が長野なのです。
 祖父母や従兄妹が長野に住んでいて、夏休みに遊びにいくと、いつも従兄妹たちに「いいよね〜夏休み長くって」と羨ましがられてました。
 そんなことを思い出しながらミラ同人を読んでいたら、「あれ?なんで高耶さん、長野県民なのに7月23日なんかに直江とイチャコラしてんだろ?まだ登校日じゃん」とかなり経ってからやっと気づいたのです。
 正真正銘長野県出身者の母君(葵・橘さん)でさえ、私に言われるまで気づいてなかったという……。
 よく考えてみたら「覇者の魔鏡《前編》」で、高耶さん達が8月31日に豊島園で水着披露しているのも明らかにおかしい。
 実は神奈川県民の綾子ねーさんと東京都民の由比子以外、全員サボリです(爆)。
 そうすると「七月生まれのシリウス」で東京に遊びに来ていた千秋と美弥ちゃんと譲もサボリの可能性大……。
 ……なぁんて重箱の隅をつつくようなツッコミ箇所が見つかってしまったのでした♪

 長野県には他にもオモシロネタがあるので、またどこかで使いたいですね。
 最近は信州弁を話す高耶さんにちょっと凝ってるらしい。
 可愛くありません?信州弁の高耶さん。
 「あ〜疲れた」とか言う時は、「あ〜ごしたい」って言ってんですよ。今度情事の後のシーンで言わせてみよう(爆)。
 けれど私はネイティブではないので、フとした拍子にナチュラルに信州弁を話す母がちょいと妬ましい。いいなー高耶さんとオソロ。
 ……私も無意識の内に話しているという噂ですけど(笑)。
 そんなわけで、今回ここで初めてこの作品を読んだという方がたぶん大多数だとは思いますが、よろしかったらご感想聞かせてくださいね♥
 お読みいただきありがとうございました〜。

             
2005/1/18(2002/7/23)

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