The Eternal Cords
                                     ─永遠の絆─
 
                                                            
                                                     WRITTEN by sayaka


時は2×××年。
 地球に生まれた人類は、母星を離れ、広大な宇宙へと飛び出して既に久しい。太陽系を離れ、地球に似た惑星を探しては植民星となし、多くの活動拠点、生活地を得た。使用する宇宙船の性能は飛躍的にアップし、太陽系から遠く離れた銀河系にも、ワープという画期的な方法を生み出して、従来の移動よりも極めて速く往来が可能となった。また、星の生態系を変化させて生命を生み出し、大気をより地球に近づけ、人間が宇宙スーツなしで生活できるようにもなったのである。
 
 第三銀河系・レルーア星は、半年程前に発見された、極めて地球に似た惑星である。酸素もあり、水も存在するが、まだ一般人が生活できるほど環境が整っていない。そのため、現在は連合軍司令部や惑星開発部の調査員が滞在するのみである。レルーア星を取り巻いて連合軍司令部のステーションが三箇所に造られ、環境整備と生物の有無の調査などが行われている。
 ここはレルーア星の第二ステーション。
 本部の入り口にズラリと一列に立ち並んだ兵士たちが、微動だにせずに最上級の敬礼をしている。
 中央にできた道を悠然と歩いて中へ入っていくのは、まだ十八、九くらいの年頃の青年だ。細身のしなやかな身体に、濃いグレーの連合軍の上着、膝丈の黒いブーツ、白い手袋、上着の上からは細いウエストにかっちりとしたベルトを身に着けている。襟につけている階級章は大尉という階級を示しており、その横には幾つも勲章バッチが並んでいる。
 短い黒髪に黒い瞳。真っ直ぐに前を見据える眼差しが、はっとするほど鋭い。ス、と背を伸ばし、呼吸すら止めているのではないかと思うほど固まっている兵士達に一瞥すらくれず、青年は建物の中へと入っていった。
 青年の姿が消えると、兵達は途端に命を得た人形のように動き始めた。
「あれが新しい司令官か。まだ若いな」
「バカ、おめぇ知らねーのかよ。あれが噂の<上杉景虎>だぜ?」
「上杉景虎って、もしかして普通なら十八で卒業する士官学校を三つ飛び級して軍隊入りして、たった三年間で連合軍指令本部の中佐になったって言う、あの?」
「そうそう。しかもあの勲章の数見たか?気難しいことで有名な本部の澤木提督がいたくお気に召してたらしい。ところが上司の命令を無視したとかで降格させられて、重要視されてるとはいえ、こんな未開発地に飛ばされ来たって話だ」
 ひゅ〜、とそれを聞いた相手の男は口笛を吹いた。
「ま、何にしても俺達にゃ関係ねぇだろ。今日は一通り案内するだけで、これから先、上杉景虎大尉は第一ステーションにいることになるんだしな」



 

     
      T
 なかなか有能そうだ。
 それがその男を見た時の第一印象だった。
 「第二ステーション軍部所属、直江信綱中尉です」と挨拶したのは、オレよりも頭半分ほど背が高い、がっしりとした体躯の男だ。纏った濃いグレーの軍服は一縷の乱れもなく、物腰にも全く隙がない。表情は理性的で、鳶色の瞳はぶしつけなほど真っ直ぐ、オレに視線を注いでいる。
 その横では、第二ステーションの責任者の三浦義意と名乗った男がしどろもどろに挨拶していたが、オレにはそいつがこの男と同じ中尉で、ここの責任者だと言うのが信じられなかった。
「おまえが、責任者?」
「はい」と誇らしげな三浦に、
「責任者交代だ。直江、おまえがやれ」
 そう言い捨てると、さっと三浦の顔色が変わったのが分かる。
「ど、どうしてですか。この男は何の軍功も上げたことがないのです。私はこれまでに…」
 自分の経歴を並べ立てようとする三浦を思いきり睨みつけると、全部言い終わる前に怯えたように口を閉ざした。三浦の軍功など、どうせ人の獲物をちょろまかしたぐらいのもので、後はどうせ親のコネだろう。聞くだけ無駄だ。この男には、能力ある者が発する覇気のようなものが全くない。
「大尉、役職の任命は正式な引継ぎを終えるまでできませんが」
 直江は、発する理知的な雰囲気と違わず、論理的なしゃべり方をする。三浦とは対照的に、オレの言葉に全く驚いていない様子だ。
「分かった。正式な引継ぎを終え次第責任者を交代するから、両名ともそのつもりで」
 分かりやすい男だ。よっぽど中身に合わない尊大な自尊心が傷ついたのだろう、三浦は「ここのことを何にも分かっていないくせに」と思っているのがありありと分かる目でオレの方を苦々しく見ている。
 その程度の男に付き合ってやるのも面倒で、オレは直江を伴って司令室を出た。背後で
シュン、という音を立てて自動的に扉が閉まると、背後にいた直江が、いかにも楽しそうに笑い出した。
「あれだけ顔に出せば、叫んでいるも同然ですね」
「同感だ。もうちょっと腹芸ができたらおもしろいんだがな」
 オレの言葉に、直江はまた少し笑った。
 ひとしきり笑うと、直江はまた元の表情に戻り、「こちらが制御室です」と先に立って歩き出した。



       *   *   *
 瞳、だった。彼が司令室に入って来た時、真っ先にその瞳に目が惹きつけられた。
 どこまでも広がる宇宙の闇よりもさらに深い漆黒の瞳。人工灯の下で見てもその輝きは鮮烈だった。こんなに綺麗な瞳を未だかつて見たことがない。
 その強い眼差しが自分に向けられた途端、鼓動が速くなったのが分かった。体内を流れる血が熱く滾り、全身を昂揚感が包み込む。こんな感覚は生まれて初めてだ。
 ああ、俺は今までずっと眠っていたのかもしれない。いや、そんなもんじゃない。生きてさえいなかったのかもしれない。だが俺はそんなことすら気づかなかったようだ。常に受身で日々を過ごしてきた。知り合いの勧めで士官学校に入って人と同じように学び、卒業した。軍に入ったのも成り行きみたいなものだった。士官学校の教官を勤めていた色部さんに軍に入らないかと誘われたからだ。色部さんのことは嫌いじゃなかった。ただそれだけのことだった。人々を守りたいからとか、そんなおためごかしを振りかざすつもりもない。適度に働いて適当に日々を過ごして、それで一生を終えればいいと思っていた。
 だが、今はそんなことを考えていたことが信じられない。
 ―――コノ人ト同ジフィールドデ闘イタイ。
 何かを飢えるように手を伸ばさずにはいられない。衝動のままに荒れ狂う波や風雨に飛び込まずにはいられない様な、そんな感覚。
 責任者という権利を振りかざし、傍若無人な振る舞いをしていた三浦がやり込められているのは痛快だった。
 その時に見せた鋭い眼差し、強い意志のこもった言葉の一つ一つ。
 彼のことがもっと知りたい。まだ見たことのない表情や仕草―――あなたは、どんなものを、その奥底に秘めているのか……。


「ここが艦艇を収納しているスペースです」
「どの機種がどれくらい揃っている?」
 主な所を案内し終え、俺と大尉は地下の格納庫へ足を踏み入れた。
「無人偵察機S13型が二機、戦闘機F6型、8型、9型が一機ずつ、大型艦艇が一隻で、この艦艇には多数の武器を搭載しています。あと、第三ステーションもこれと同じ装備になっています」
 一機一機丁寧に検分しながら、成る程、と彼は呟いた。
「ここを管理しているのは?」
 私です、と背後に控えていた中川少尉が進み出た。軍人にしては優しげな風貌だが、機械系等の整備にかけては定評のある男で、三度の飯よりメカを愛する機械フェチと呼ばれている。
「名前は?」
「連合司令軍機械部所属の中川少尉です」
「よく整備しているな。これからもよろしく頼む」
 僅かに浮かべた笑みに、目が吸いつけられた。
 皮肉屋で冷たい人物かと思えば、それはどうやら違うようだ。他の場所を案内している時も、彼はしばしば気さくに担当の者達に声をかけた。話しかけられた者達は一様に緊張していたが、褒められると皆はにかんだものだった。その上、彼は一度会った人間、場所、備品等を全て記憶しているようで、これには恐れ入った。
「直江?」
 少しぼんやりしていたらしい。怪訝な顔で大尉が俺の顔を覗き込んでいた。
「はい」
「これで全部か?」
「ええ、主な所はこれで全部です。お疲れでしょう、部屋にご案内いたします」



         *   *   *
 最初は能力は高いが頭の固い、厳格な軍人かと思っていた。その印象は司令室を出ると同時に溶けて消えてしまった。笑みを浮かべると柔らかい雰囲気になるようだ。直江は、事務的でありながら、どこか温かい言動でオレを案内した。年下のオレが上司であることに何のわだかまりもないようで、その柔らかな雰囲気と丁寧な口調には好感が持てる。
 直江は、制御室から格納庫、動力炉まで全ての区域を知り尽くしているらしく、細かい所まで順序立てて要領よく説明し、そこを管理する人間の説明が必要ないほどだった。管理者の方も直江の案内に不服はないらしく、いちいち頷いたりしていて、これには驚いた。普通司令官や人の上に立つ立場の者はあまり下の者の管轄には口出ししないものであり、また、管理の者もそれを好ましく思わないものだ。オレは性分で細かい所まで把握せずにはいられないが、嫌な顔をされることもしばしばだった。だが、直江と部下たちのこのやり取りはどうだろう。
 部下達には頼りにされているというのが、会う兵一人一人の態度や表情から感じられる。どうやら先頭に立って部下を率るというよりも、むしろ部下を盛り立てていくタイプのようだ。
 一通り案内されるうちに、こんな辺境にいるのは惜しいくらいの人材だと思わずにはいられなかった。この男なら、本部でも少佐クラスにはなれるだろうに。
 これまでの経験から、人を見る目は養ってきたつもりだ。戦闘能力や指揮能力を実際に見たわけではないが、何気ない仕草や言動からも感じ取れる。
 能力においても人間性においても、申し分ない。それなのに、
「何故責任者にならない?」
 二階にあるという客室に向かう階段を上がりながら、前を行く直江に声をかけた。
「ずいぶんと買ってくれたものですね。買い被りではないですか?」
「誤魔化すな」
 階段を上りきった所で振り向いた直江を一段下から睨み上げると、相手は苦笑を浮かべ、
「やりがいがないから、と言ったら怒りますか」
 なんとなく予想できた答えだった。オレが何も言わずにいると、直江は言葉を続けた。
「第一ステーションの前司令官殿におべっかを振りまくよりも、適度に働くだけで生活できる今の方が気楽でいいからですよ」
「開崎大尉は気に食わなかったのか」
 少しおかしかった。オレも、昨日会ったばかりの前司令官である開崎誠があまり好きではなかった。人を率いる立場でありながらかなりの神経質で、向いていなさそうな男だった。別に司令官に向いていなさそうだから嫌っているわけではなく、何となく開崎には不快感を催させられる。その開崎は、引継ぎを終えると他の未開発惑星の司令官になるらしい。問題を起こしたとかそういうことはないが、この星の調査の遅れが目立つからだろう。
派遣されるのはここよりも重要性の低い星で、つまり降格も同然ということだ。
「開崎大尉に頭を下げるのはごめんですが、あなたが司令官なら責任者もやりがいがありそうだ」
 直江はこれまでよりも強い眼差しでオレを見た。熱を孕んだ鳶色の瞳。それに見つめられていると、まるで戦闘中のように身体が熱くなった。
 直江は一部屋のドアの前で立ち止まると、ロックを解除して扉を開いた。「どうぞ」と促されるままに部屋に足を踏み入れる。
「頼もしいな。十日後には任命するからそのつもりで」
「御意。―――どうぞおくつろぎ下さい」
 微笑を浮かべて一礼する直江とオレの間を、シュン、という音を立て、メタリックグレーの扉がすべらかに遮った。



 


        U
 翌日、地球時間にして午前九時。
 俺は大尉の希望により、昨日案内できなかった場所を案内していた。さほど重要な区域ではなかったが、大尉は見たい、と言った。そうして案内している間、昨日会った兵達は我先にと彼に挨拶してきた。彼が司令官だから覚えをめでたくして出世しよう、などという考えからではない。(現に開崎大尉が来た時にはこの様なことはなかった)普段は荒くれ者で通っている者達も、始めこそ十八歳という指揮官に反発したり、彼が上杉景虎と聞いてお手並み拝見、という態度を取っていたが、たった半日の間にすっかりこの大尉を認めたようだ。直に会った者達は、まだ会っていない者達に、大尉がどんな人で、いかにすごいかを吹聴して回っているらしい。

「よう、直江」
 エアポートに来た時、一人の青年が声をかけてきた。少しばかり着崩した軍服を身に纏い、薄いフレームの眼鏡をかけた二十くらいの男。
 安田長秀中尉。第三ステーションの責任者だ。「責任者なんてかったり〜」と公言してはばからないため、開崎大尉や三浦中尉には良く思われていないが、人望もあり、人の上に立って指揮をする能力のある奴だ。
「こんな時間にどうした」
 勝手知ったる様子で歩いてきた長秀に尋ねると、
「大将が第三ステーションに視察に来るって聞いたんで、少し早いが俺様じきじきに迎えに来てやったんだ」
 規律に反して長く伸ばした茶色の髪を一つに束ねた長秀は、欠伸を噛み殺しながらそう言った。
「久しぶりだな、長秀」
「よぉ、大将。あんまり反抗的だっつーんでついに原田大佐に追っ払われたんだってな」
 長秀はひどく楽しげな笑みを浮かべて大尉の顔を覗き込んだ。 
「そういうおまえも原田大佐に喧嘩売ってこんな所にいるんだろ?」
 大尉はゆっくりと腕を組み、動じることなく言い返した。幾分くだけた口調から察するに、かなり親しいようだ。
「まあな。それにしても大佐、思い切ったな。かの有名な<上杉景虎中佐>を左遷するとはな。反対数多だったろうに」
 左遷されたと言われても、大尉は何の反応も見せなかった。どうやら階級に興味はないということらしい。
「お知り合いですか」
 大尉に尋ねたつもりだったが、何故か長秀が口を開いた。
「俺が本部で少佐やってた時に、こいつと組んでいくつかのミッションこなしたのさ」
 そう、かつて長秀は連合軍司令本部で少佐をしていた。本部の少佐と言えば、ここで言えば大佐と同等か、それ以上だ。それが上司に嫌気がさして喧嘩を売ったという理由だけでこんな辺境地域の中尉をしているのだ。本部の少佐や中佐といった佐官は、焦がれるほどなりたがる者が後を絶たないというのに。
「ここはもう見終ったか?」
 仮にも上司に向かって長秀の言葉使いはあんまりだが、大尉はもはや慣れているのか注意するそぶりもない。
「まだだ。もうちょっと待ってくれ」
 と大尉が言った瞬間、突然エアポートにある緊急時を知らせる赤いランプが点灯し、けたたましい音を立てて緊急警報が鳴り出した。バッと大尉はステーションの建物の方向を振り向いた。それと同時に、三人の左腕の通信機がピー、と甲高い音を発する。幹部召集の合図だ。
 真っ先に大尉が管制室へ向けて駆け出した。直後に俺と長秀も後を追って走り出した。



       *   *   *
 ドアロックにパスワードを入力し、照合確認のピ、という音をたててドアが滑らかに開くのももどかしく、壁一面が大型のビジョンとコントロールパネルになっている管制室に飛び込んだ。中では、通信部の吉江軍曹と中川少尉が画面を見つめていたが、オレが入ってきたのに気づいて振り返り、
「第一ステーションが何者かに占拠されたようです」
と吉江が早口に告げた。
 六時間ごとに送ってくる定期通信が途切れたのを不審に思っていると、向こうから救援信号が送られてきたらしい。だがそれも数十秒のことで、すぐに途切れてしまったということだ。
「三浦中尉はどうした」
 事情を聞いた直江が問うと、
「それが、今朝方開崎大尉に呼ばれ、第一ステーションへ向かわれました」
 艦艇を管理する中川だけに言付け、大型艦艇を部下の兵に操縦させて出て行ったという。
「三浦から連絡は」
「ありません」
 三浦は第一ステーション占拠に何らかの関わりがあるだろう。勘、だった。だが、こんな時オレの勘は外れたことがなかった。
「吉江、場所を変われ」
 外部とのネットワークを司るコンピュータとつながっている画面に向かって座っていた吉江をどかせ、オレはその席に座った。試しに第一ステーションの通信部にアクセスしてみたが、エラーの表示が出るだけだ。 
 仕方ない。ハッキングをかけてみるか。
 軍のコンピュータは機密を漏らさぬよう、かなり厳重な警戒が敷かれている。(幾度となくハッキングやクラッキングを仕掛ける輩が出没したことがあるからだ)それはこの辺境の星であろうと変わらない。入り込むのはかなりの腕前を必要とする。
 いけるはずだ。これまでにも、こことは比べ物にならないくらいの厳重な警戒下でハッキングしたことがある。長秀以外誰も知らないことだが、不法に連合軍司令本部のホストコンピュータに忍び込んだこともある。
 相手がどんなプロテクターを施しているか慎重に調べながら、出来る限りのスピードで内部に近づいていく。
 無事に第一段階を突破した時、ふと気づくと、側に直江が邪魔にならないよう控えめに立っていた。
「直江、部下の兵達の掌握はできているか」
 眼を上げずに確認する。
「はい、各部の曹長に兵をまとめさせ、いつでも出撃できるような状態です」
 先程、直江は事情を知るとしばしこの部屋を出て行った。その間に命令を下してきたのだろう。何も言わずとも、無駄なく動く男だ。
 横目で見ると、長秀はどうやら第三ステーションと連絡を取っているらしかった。
「中川、機械系等に強い人間を数人連れてきてくれ」
 後ろでこちらを見守っている中川に声をかけると、中川は素早く身を翻して管制室から出て行った。
 目を閉じ、軽く息を吸う。ここからが正念場だ。
 ゆっくりと、目を開けた。



       *   *   *
 そこからの彼の手腕には驚嘆させられた。淀みなくキーを打ち込み、鮮やかにトラップを潜り抜け、あっという間に第一ステーションのホストコンピュータまで辿り着いた。その手並みは凄腕ハッカーの長秀をして、あいつは天才だと言わしめたものだった。
 大尉がいくつかのキーを打って手を止めると、大型ビジョンに第一ステーション内部の見取り図と生体反応が赤い点で表示された。
「約半数が一般兵の居住区に固まっているな。ほとんど動きがないことからしても、おそらくは占拠した奴らの仲間じゃないな」
 他の点はばらばらに動いていて、エアポート付近には点が他所よりも密集している。
 大尉は顎に手をあててしばしその画面を見入っていたが、再びキーを打ち込むと、今度は居住区の映像が映し出された。大尉の言った通り、居住区内の最も広いスペースに百人程の兵が監禁され、見張りの兵が十人以上いる。監禁されている兵の中には顔見知りの者も幾人か見られた。
 大尉は他の必要な情報を素早く得るとすぐに撤収し、第一ステーションを映し出していた画面は始めの黒い画面に戻った。
 大尉は一息つくと立ち上がり、
「長秀、第三ステーションと連絡を取ったか」
と長秀の方を振り向いた。
「あったりめーだ。無人偵察機でも戦闘機でも大型艦艇でもいつでも出れるぜ」
 その時、シュン、と扉が開き、中川が二人の男を伴って入ってきた。
「ちょうど良かった。――これから第一ステーション奪回のミッションを説明する」
 その言葉と同時に、室内の空気が張り詰めるのが分かる。
「まずは無人偵察機二機を三時間おきに三回飛ばす。そして四回目は人の乗った無人偵察機で接近し、ある程度近づいたらホストコンピュータにハッキングをかけて偽りの情報を流して着陸する。少人数で突入して開崎、結城、三浦の三名と主だった者を捕らえ、監禁されている兵たちを解放する」
 大尉が中川達の方へと歩み寄る。
「機械部の真木と早田だな。十時間以内に無人偵察機を改造して人が乗り込めるようにできるか?」
 三人の顔が強張る。いくら中川や真木でも十時間以内は無理だろう。真木が「無理です」と口を開きかけたのを制し、
「できないのか?」
 大尉は嘲るように真木を見た。「できないとは言わせない」と言わんばかりの傲慢な口調に、数瞬の逡巡の後、真木は硬い声で「できます」と答えた。「やります」ではなく「できます」と。たとえ仕上がらなくても、ベストを尽くしたなんて言い訳は通用しない。それを分かって真木は言った。
「よし。十時間以内に二、三人くらいは乗れるようにしてくれ。人手が足りなければ、どこから借りてもいい」
「わかりました」
 頼むぞ、と大尉は三人の肩をポン、と叩いた。
「長秀」
「おう」
「第三ステーションの無人偵察機をこれから三時間ごとに飛ばしてくれ」
「もう指示した」
 相変わらず素早い奴だ。大尉の指示に対しても迅速だし、彼を信頼しているのが分かる。そもそも長秀は無能な人物など最初から相手にしない。だからといって有能というだけではこの男は気に入らないようだが、その好みの激しい長秀が気に入るだけのものが彼にはある。
「誰がその無人偵察機に乗って突入するのですか」
 作戦は極めてシンプルなものだけに、突入する者の腕が問われる。
「そうだな」
 俺の問いに、大尉は少し目を泳がせたがすぐに俺の方を向き、じっとこちらを見つめてきた。その視線は内側まで見透かすような鋭さで、目を離すことができない。
「突入は、オレとおまえでする」
「な、何を言われるのですッ。司令官にもしものことがあったらどうするのです!」
 叫んだのは、まだこの場に残っていた吉江だった。長秀は面白そうに笑って事の成り行きを見ている。 
 吉江の言うことはもっともだが、俺はそうは思わなかった。大尉の作戦は無茶だが無謀ではない。それに、彼には自信があるのだ。彼は不可能なことをやらないという確信がある。
「心配には及ばない。敵は約百人、指揮官はおそらく開崎と三浦、それに開崎の副官の結城だろう。二人でも十分だ」
 敵を侮っているわけではなく、正確にこちら側の戦力を測った上で言っているのが分かる、確信を持った言葉。
 だが吉江はそんな馬鹿なことあるはずない、という顔をした。もはや口を開けないくらい動揺して、長秀や俺に「止めてください」という様な視線を送ってくる。俺がその視線を無視していると、長秀が代わりに答えた。
「大丈夫さ、こいつを信じろ。今まで比べもんにならねぇの修羅場を抜けてきたんだからよ」
 長秀が宥めるのを、俺はどこか遠いところで聞くとはなしに聞いていた。
 彼は、一体どんな戦場を潜り抜けてきたのだろうか。それは、こんな辺境の星で惰眠を貪っていた俺には見当もつかないくらい厳しいものだったのだろう。だが、彼と一緒なら、どんな修羅場をも潜り抜けられそうな気がする。知らず、口の端に笑みが浮かんでいた。



 


        V
 地球時間にしておよそ十二時間後の午後九時。
 何とか時間に間に合った改造された「有人偵察機」に乗り込み、第一ステーションを出発した。操縦は中川。
 無人偵察機と同じコースを辿り、同じ動きを取っている。次第に第一ステーションに近づいてきたが、あちらは攻撃してくる気配がない。これまでにも三度飛ばしているということもあったし、無人偵察機だから油断しているのだろう。その油断が命取りとも知らずに。
「距離およそ30。もうすぐ無人偵察機が取ったコース上で最もステーションに接近する。
長秀、そっちの手筈はどうだ」
 オレが襟につけた超小型マイクに向かって問うと、耳に嵌めた、同じく超小型イヤホンから、自身の私有物である小型艦艇に乗っている長秀の景気の良い声が流れてきた。この超小型マイクとイヤホンは連合軍指令本部で使われている最新鋭の物で、
―――どうせおまえはどこにいっても騒動に巻き込まれるんだろう、持っていけ。
と澤木提督が餞別にくれた物だった。喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、澤木提督の予想は早くも当たってしまった。
<準備はバッチリだ。大船に乗ったつもりで暴れてきな>
 性能の良いイヤホンから流れてくるクリアな声は、人が三人乗るのがギリギリの狭い機内に身を屈めている直江も同じ種類のイヤホンで聞いている。
「「泥舟じゃないことを祈っている」」
 考えることは一緒らしい。本気で心配して言ったわけじゃないオレと直江の声はぴったりとハモッた。そうして言った後互いに顔を見合わせる。
<ちったぁこの俺様を信用しやがれ。この虎犬主従め>
 性能抜群のマイクはかすかな笑い声をも拾ってしまったのか、長秀の悪態が流れてきた。
「(虎はまだ分かるが)……どうして俺が犬なんだ?」
 直江が(虎はまだ分かる)と考えているのが何となく分かった。どうせオレは虎ですよと溜息を吐く。馬鹿虎と言われなかっただけましか。本部にいた頃から、長秀はオレを上司とも思っていないらしく、平気で悪態をついてくる。止めても聞かないから、いつからか諦めてしまった。
<自分が犬と呼ばれたことが分かる時点でもう犬じゃねーか>
 長秀のしてやったり、という笑い声が届く。
「もう少しでコース上で最接近します」
 と冷静な声でふざけ合う三人に水をさしたのはのは中川だった。
<そんじゃがんばれよ。危なくなったらすぐに救助に駆けつけっからな>
「ああ。―――直江、そのレーザーガン、扱いはマスターしたか」
 そのレーザーガン、というのはマイクとイヤホンと共に澤木提督から餞別としてもらった物だ。直江が持っているのは千秋が貰ったもので、オレのは自分で持っている。
 このレーザーガンもこれまた最新鋭で、満タンまで充電しておくとかなりの時間使え、出力は細かく設定できる。スタンガン程度から最大にしてミサイルクラスの破壊力があるらしく、(さすがに最大出力で使ったことはない)そのあまりの破壊力に、このタイプは本部と言えどほとんど使用されていない。それをくれた澤木提督の真意は何なのか。考えぬが花というものだろう。
「………はい、概ね使えると思います」
 機内に急遽取り付けた小型のスクリーンには第一ステーションのエアポートが映し出されていて、近づくにつれて次第に細部まで見えるようになってきた。
<ホストコンピュータ乗っ取って、最小限の人間を残して後は中に入るよう指示したから
突入しやすいはずだ。中の敵さんは頑張って倒しな>
 成る程、エアポートにたくさんいた警備の人間が半数以下になっている。
「じゃあ、行くか」



       *   *   *
「ああ。―――直江、そのレーザーガン、扱いはマスターしたか」
 肯定しか受理しないとでも言う様なその口調は、出発前に二人だけで話した時のことを思い出させ、一瞬返答に詰まった。
 僅かに浮かべられた笑みが、自信と確信を感じさせて……。


「長秀、おまえアレ持ってるか?」
 ミッションの説明を終え、各自持ち場に着いた時のことだ。することは偵察機を飛ばすことと改造することくらいのものだから、大尉と長秀と俺は管制室に残っていた。手持ち無沙汰にスクリーンを眺める長秀に大尉が声をかけた。
「アレ?アレって、もしかしなくてもアレのことか?」
「そう、それのことだ」
「俺が乗ってきた艦艇に積んである。充電してあるからいつでも使えるぜ」
「分かった。ちょっと借りるぞ」
「まあ、せいぜいステーションを吹っ飛ばさねーようにな」
 ずいぶん物騒な会話だと思ったが、アレとは何か分からなかったし、とりあえずついて来いと言う大尉の後を追って管制室を出た。
「各ステーションに艦艇は大型艦艇しかないんじゃなかったか?」
 エアポートに停めてある小型艦艇のシルバーのボディーを見つめて彼は呟いた。
「これは長秀の私物です」
 俺の言葉に彼は、「ずいぶんと散財しているんだな」と呆れた顔になった。
「直江、来い」
 遠慮なく、その外見同様かなり金の掛かっていそうな豪奢な艦内に足を踏み入れた。大尉はツカツカと操縦席に歩み寄ると、そこに置いてある黒い塊を手に取った。
「ゲッ。あいつセーフティレバー外してやがる」
 それはレーザーガンだった。銃口が普通の拳銃と違うことからそうと知れた。
「まあいい」
と彼はセーフティレバーをグイと押し上げた。
「直江、オレがさっき二人で踏み込むと言った時、おまえは何も言わなかったな」
 大尉は俺の方を振り向き、操縦席に左腕を凭れさせた。
「ええ」
「何故だ?」
 大尉の言動にいつもと違う所はないのに、どこか違和感を感じながらも俺は感じたままを口にした。
「あなたなら、たった二人でも可能だと思ったからです」
「オレなら、か?ならば、おまえはどうなんだ?」
 彼はゆっくりと右手を上げ、手にしているレーザーガンの銃口を真っ直ぐ俺の心臓に向けた。先程自身で押し上げたセーフティレバーを親指で押し下げ、カチリ、という音が響いてロックが解除される。
「たった二人で百人の敵の真っ只中に飛び込み、占拠されたステーションを無事に奪回することが」
 彼は引き金に人差し指をかけ、僅かに力を込めた。
「―――おまえにできるか?直江信綱」
 艶然と彼は微笑を浮かべた。吊り上げられた唇とは違い、深遠の色を宿した鋭く高雅な瞳は笑んではおらず、ただ俺だけをそこに映し出していた。
 誇張でも何でもなく、息が止まった。
 否という答えを出せば即座に引き金にかけた指に力を込めるぞと示しながら、肯定以外の答えが出されることを微塵も疑っていないその姿。
 逆らえない。抗うことなどできはしない。惑星の重力に引きつけられる衛星のように、この人に惹かれていく自分をどうして止めることができるというのか。
 一歩踏み出し、彼の右手を?んだ。心臓に向けられている銃口を、心臓の真上に押し当てる。
「あなたがもし、俺にはできないと思えば、今すぐこの指に力を込めて撃てばいい」
 彼は笑みを消し、どういうことだと言うように、訝しげに心持ち片眉を上げた。
「俺はあなたを信じている。あなたは、どうなんですか?」
 その瞬間、彼の顔から一切の表情が消え失せた。ただ互いに見つめ合う。
 ?んだ手首から、彼の鼓動がトクン、トクンと伝わってくる。今この瞬間、何よりも確かな、俺を支配するその音。
 俺はあなたを信じている。自分を信じるよりもずっと強く、ずっと深く。その彼が俺にできると信じているのなら、できないはずはない。何百語、何千語弄したって、それ以上に確かなことなんてない。
 会ってまだ一日しか経っていないのに、まるでずっと昔から共にいたように感じる自分が不思議だ。だが、そんな疑問など気にかからないくらい彼に惹かれている。
 俺はあなたのことをほとんど知らないのに……過去も、能力も、その心も。それなのに、
俺の中であなたはどんどん比重を占めていく。頭が彼一色に染められてしまいそうだ。
……いや、とうに染め上げられているのかもしれない。彼の眼差しを何よりの悦楽と感じ、恍惚としている自分がいる。もう、彼のことしか考えられない。
 どれくらい目を合わせていただろうか。やがて彼はスッと力を抜いた。
「これをおまえに預ける。オレと一緒に来い」
 彼は手にしていたレーザーガンを俺の手に握らせると、
「行くぞ」
 くるりと背を向け、硬質な靴音を響かせて出口へ歩き始めた。が、二歩踏み出した所で足を止め、背を向けたまま小さく呟いた。
「オレは、おまえを信じる」
耳を澄まさなければ聞き取れない程の声。振り向きもせず、再び歩き始めた。
「大尉!」
 追い縋って振り向かせた俺の耳元に、大尉は囁きかけた。
「名前で呼べよ」 
 どこか悪戯な声音。
「景、虎……様……?」
 まぁそんなもんだな、と満足げに頷いた顔は、十八歳の歳相応のはにかんだような表情を浮かべていた。


「………はい、概ね使えると思います」
 小型のスクリーンには銀色の円盤状の第一ステーションが映し出されている。
<ホストコンピュータ乗っ取って、最小限の人間を残して後は中に入るよう指示したから
突入しやすいはずだ。中の敵さんは頑張って倒しな>
 久々に行うハッキングということもあり、最近ずっと退屈そうにしていた長秀の声は嬉々としている。
「じゃあ、行くか」
 御意、と答える自分自身もかつてないほどこの状況を楽しんでいる。不謹慎だと言われようがこの想いに偽りはない。
 この人と同じ世界(フィールド)に在れる、そのことが今の俺の全てだ。



       *   *   *
 地球時間にして午後十時十五分。
「三時間以内に戻らなければ退却しろ、いいな中川」
「はい。どうかご無事で」
 占拠されて二十四時間経っても奪回できない場合は、本部に連絡するよう指示してある。
遅くともあと五時間以内には奪回しなければ。
 軽い衝撃と共に機体がエアポートに着陸する。その周囲を銃を構えた数人の兵士が不審そうに取り囲んでいた。
「直江、行くぞッ」
 言うやいなや扉を押し上げてオレは外に飛び出した。着地と同時に、呆気に取られている兵士をレーザーガンで早撃ちする。威力はかなり弱めに設定してあるから、当たっても気絶する程度だ。
 一、二人、三人。赤い光線が放たれる度にドサリと崩れ落ちる。
 視界の端に、オレに銃口を向ける奴の姿が映る。オレが銃を向けて放つよりも先に、隣にいた直江の銃から鈍い音と共に光線が放たれ、ゆっくりとその男は倒れた。
 この最新鋭のレーザーガンは、狙いをつけて引き金を引き、発射されるまでに要する時間が一般の銃やレーザーガンと比べて格段に早い。熟練すれば、一般の銃で一発撃つ間に二,三発撃つことも可能になる。撃ちながら、ちらりと横の直江を見ると、同じく威力を押さえた銃で素早く、かつ正確に寸分の違いもなく引き金を引いていた。
 なかなか、やる。これほどの腕は、本部でもなかなかお目にかかれない。
 自然、笑みが浮かぶ。
 瞬く間にそこには十人あまりの兵が全て倒れ伏した。直江もオレもかすり傷一つなく、全て一撃で片付けた。応援に来る兵の姿はないようだ。レーザーガンは普通の銃に比べて音が小さい。そのため感知するのはホストコンピュータくらいの物だ。それも長秀が乗っ取っているので、誰もこの事態に気づいていない。
「おまえは居住区へ行け。オレは司令室と管制室を回る」
「そこが一番危険なのでは?」
「誰にものを言っている、直江?」
 そう言ってみせると、直江は一瞬目を見張ったが、次の瞬間それは笑みへと変貌する。
「そうでした。居住区を制圧したら管制室に向かいます。御武運を、景虎様」
 直江は地下一階の居住区へ向かって走り出した。オレは二階の司令室への階段を上る。
 階段を上りながら、廊下を走りながら、一般兵の黒い軍服を目に留めると同時にレーザーガンを構えて引き金を引く。相手には銃を抜かせもしない。
 司令室のドアの左右に立っている警備兵にもそれぞれ一発ずつお見舞いして、ようやく立ち止まった。
「長秀、司令室の中には何人いる?」
<四人だな。気をつけろよ、おそらくそこには開崎達がいるはずだ>
 即答してくる長秀に、ああ、と応えながら、ドアの開閉のためコントロールパネルに向かった。右手で銃を持ち、左側の壁に身を寄せてパスワードを打ち込む。
 ドアが開くと同時に半身を乗り出して三発。威力は先程よりも強めに設定し直しているから、当たるだけで相当なダメージを受けるはずだ。撃つと共に壁に身を隠す。勘で連射した室内から、二人の呻き声とドサリと倒れる音。
 一瞬しか見えなかったから自信はないが、中にいたのはおそらく三浦と結城と二人の兵。
開崎の姿は見当たらなかった。
 ピシュン。
 半身を乗り出し、中の物音を頼りにもう一発。それもどうやら当たったようだ。
 残りは一人。長引かせれば長引かせるほど、兵が駆けつけて来る可能性が高くなる。だが向こうも既に銃を構えているだろう。
「景虎殿」
 中からそう呼ぶ声が聞こえてきた。この声には覚えがある。三浦の声だ。
「景虎殿、そこにいるんだろう?もうすぐ兵が駆けつけて来る。大人しく従えば殺しはしない。どうだ、投降しないか?」
 さすがに挟み撃ちにされるとこちらも分が悪い。己の優位を確信しているのか、三浦の声は自信に溢れていた。
「そうだな、殺されるのは勘弁願いたいものだな」
 銃を持った右手を下ろし、オレは扉の前に立った。
 中では、銃をこちらに向けた三浦が、品が良いとはお世辞にも言えない笑みを浮かべてこちらを見ていた。
 一歩、踏み出して中に入る。
「おっとそこまでだ。武器を捨ててもらおう」
 複数の足音が近づいてくる。
「オレが本気で投降するなんて思ったか?」
 オレは右手を上げ、銃口を三浦の額に向けた。
 数メートル隔て、互いに銃を向け合う。
「何のつもりだ。敵うと思っているのか?」
 三浦の表情が強張る。
「それはこちらの台詞だ。オレに敵うとでも思ったのか?」
 笑みを浮かべてみせる。
 三浦の人差し指に力が篭ったのが分かった。
 左に重心を移動させ、引き金を引く。
 赤い光線が吸い込まれるように三浦の額に命中し、ゆっくりとその身体は倒れた。
 右頬に熱い痛みが走った。左手で拭うと赤い血が手の甲につく。三浦の放った玉が掠ったようだ。
「長秀、ここへ来る兵の数は?」
<八だ>
 気絶した三浦の手から銃をもぎ取り、赤くなった額に左手で持ったそれを押し当て、レーザーガンは入り口に向けた。
 足音が次第に大きくなる。
 開いたままの扉の向こうに、黒い軍服を捉えると同時に連射する。三人が倒れた。撃とうとする他の奴らにオレは叫んだ。
「動くな!動けば三浦を殺す」
 恫喝にピタリとそいつらは動きを止めた。
「開崎はどこにいる」
 しばしの逡巡の後、一人が「管制室です」と答える。
 予想通りだ。
「長秀、直江の方はどうだ?」
<順調順調。もうすぐで地下を掌握し終える>
 問題は開崎だな。あいつが一番得体が知れないし危険さを孕んでいる。こんなとこでぐずぐずしているわけにはいかない。
 不意に殺気を感じて一人を撃った。そいつは銃をオレに向けようとしていた。それに触発されたように残りの四人が動き出す。そいつらが引き金に手をかける前に全員に一発ずつ食らわして、ようやく一段落着いた。
 三浦達をそのまま放置し、倒れた黒い塊の山を飛び越えて管制室へ走り出した。何か嫌な予感がする。開崎を早く倒さなければ、としきりにどこかで警鐘が鳴る。
 途中出くわした三人を問答無用で撃ち倒し、管制室にたどり着いた。
「長秀、中には何人いる?」
<一人だけだ。二階にはおまえとそいつ以外動いてる奴はいねぇ>
 余程自信があるのか。何か切り札を持っているのだろう。
 扉を開こうとパネルに向かおうとすると、ドアは勝手に開いた。中にいる開崎が開けたらしい。
「どうぞ中へ、景虎殿」
 低めの響きの良い声がそう促した。ドアの前に立っていたから、はっきりと中は見えた。グレーの軍服を纏った開崎が、銃を構えるわけでもなく足を組んでチェアーに優雅に腰かけていた。
 全身に気を張り詰め、中へ足を踏み入れる。と、背後でドアがシュン、と滑らかに閉ざされ、ピピ、という電子音がロックされたことを告げる。
「そんなに硬くならないでも。危害を加えるつもりはありません」
 その余裕に満ち溢れた態度に嫌な感じを覚えながら、両手で銃を構えた。
「撃たない方が良いと思いますよ。私を撃てば、このステーションは自爆するよう設定してありますから。たとえ私が死なずとも、ね」
「何、だとッ」
<何ッ!?>
 オレの声とほぼ同時に、耳元で長秀の驚愕に彩られた声が響く。
<ホストコンピュータはそんなこと……待てよ。この厳重なシールド張られたヤツか。景虎、出来る限り早くこいつを無効にさせる。それまで何とか時間を稼いでくれ!>
 そこで長秀の声は途絶えた。シールドを破って自爆装置を解除するつもりらしい。
「そしてこのスイッチを押しても同じ結果を辿ります。ここにいる二百の兵を巻き添えにして死にたくなければ」
 殊更見せつけるように、開崎は親指をあてた赤いスイッチを掲げた。 
「銃を捨てなさい」
 穏やかで、いっそ優しいとも言える口調で脅しをかけてくる。
「くッ……」
「私は今この場で死んでもかまわないのですよ」
 その言葉に偽りは欠片も見当たらなかった。この男からはなぜか保身の匂いがしない。
 オレは銃を床に投げ捨てた。カシャン、と乾いた金属音が響き渡る。
「報告書には載っていませんがね。このレルーア星の地質には、他のどの星にもごく僅かしか存在しないルースという希少な鉱物が多く含有されているんですよ」
 ルース。聞いたことがあった。どんな鉱物より、合金よりも強固で、それでいて加工に適した軽量の鉱物。武器にも、宇宙船の材質にも適しているこの鉱物は、喉から手が出るほど求める人間も少なくはない。だが、他の星では取れる所でもほんの僅かしか析出されないのだと言う。
 そんな物が……?初耳だった。
「そのことに気づいた三浦と結城と私はそれを報告せず、売りさばくことにしました。一介の軍人が一生かかっても手に入れることができない莫大な金。誘惑に負けない人間がいると思いますか?……ところが、ちょうど私がそれを売りさばくルートを確立し終えた時でした。司令官交代の命が届いたのは」
 開崎は淀みなく語り続けた。注意深く観察しても、その言動に不自然な所はない。
「私達は、新たな司令官を仲間に引き入れようと考えていました。こんな良い話、そうそう転がっているもんじゃない。喰らいつくと思っていましたよ。ところが蓋を開けてみると、新たな司令官はかの有名な上杉景虎だった。よもや上杉景虎がこんな辺境の星に派遣されて来るとは思いも及ばなかったし、その上杉景虎がこんな話に乗るわけはない。知った時は愕然としましたよ」
「それでステーションを乗っ取ったのか?」
 開崎は少し考えるように顎に手を当てた。
「そう、ですね。新しい司令官があなたと知ってこの計画を立てた。そのことに間違いはありませんよ」
 おもむろに立ち上がった開崎が、ゆっくりとオレの方へ歩み寄る。
「そう、あなただからこそ、こんな計画を立てた。あなただからこそ」
 開崎は右手の白い手袋を脱ぎ捨てた。
 何か言い知れぬものを感じて後ずさるオレの右腕を、開崎は?んで引き寄せた。
 オレの頬に右手を当てる。ゾクリ、とした悪寒が背筋を駆け上る。
 何だ?わけがわからないけれど、この場にいたくない。ここから去りたい、今すぐに。何かがここを早く立ち去れとオレに告げる。これは何だ?……恐れ?今までどんなに危険な時も感じたことのないざらりとしたもので撫で上げられる様な感覚。
「あなたはきっと来ると思っていた。人任せではなく、自分でここを奪回に来る、と。こうして再び逢えて嬉しいですよ、上杉景虎。―――初めて会った時のあなたの眼差しは忘れられない。射抜くように鋭い漆黒の瞳。何者にも侵されない美しく気高い王者の眼差しだ」
 あらん限りの力を込めて睨みつけると、開崎は恍惚とした表情を浮かべた。
 腕を?んでいた開崎の左手が背に回され、強く抱きしめられる。
「は……な、せッ」
 離れようと抗ってもその腕は強く、振り解けない。
「この瞳を、あなたを手に入れたかった。それが叶うなら、ルースもいらない」
 開崎はそっと目を閉じ、顔を近づけてきた。
 唇に柔らかいものが触れた感触。息を呑んだオレの唇の間から、生温かいものが滑り込んでくる。
「ん……ッ!」
 嫌悪感に肌が粟立つ。もがいても、しっかりと腰を抱く腕は外れない。
 長秀、まだかッ!?ギュッと目を閉じたその時。
 轟音が響き、驚いて目を開けると、「景虎様!」と叫び、吹っ飛ばされた管制室のドアから飛び込んでくる直江の姿が目に映った。
 同じく驚いた開崎の舌を思い切り噛み、思わず力の抜けた身体を思い切り突き飛ばした。
<景虎!自爆装置は解除した。後は存分に暴れたいだけ暴れていいぜ!>
 ようやく許可が出ると、それまで堪えていた怒りが沸々と込み上げてきた。
 無様によろめき、体勢を立て直そうとする開崎を、飛び込んできた直江が殴り飛ばした。仰向けに倒れた開崎の胸の上にオレは足をかけた。
 すかさず直江が渡してきたレーザーガンの銃口を額に向ける。照準を合わせる赤い光が開崎の額にあたる。
「わ、私を撃てば自爆装置が……」
 自爆装置が解除されているとも知らずに、愚かな男だ。
「押してみろよ」
 開崎の側に転がっていたスイッチを握らせてやる。たっぷり十秒は迷った後で、震える指で開崎はスイッチを押した。
―――カチッ。
 虚しいその音だけが無情に響き渡る。無論何も起こらない。
「ば、馬鹿な……」
「ようやく自分の立場が分かったか?」
 ゆっくりとセーフティレバーを外す。
「チェック・メイトだ」
 観念したように目を閉じた開崎に向けて、引き金を引いた。
 


       *   *   *
 居住区は思いの外手間取った。百人の兵を閉じ込めているだけあって武器を持った敵兵の数もかなり多く、途中で数えるのを止めてしまった程だ。その二十を軽く超える敵兵のスキを狙って撃ち倒し、味方の兵を解放し、武器を確保して、地下一階を制圧するのにはかなりの時間を要した。
 一人で司令室と管制室を回っている景虎様のことが気にかかって仕方ない。救出した顔見知りの少尉に格納庫のある地下二階とここ地下一階を頼むと、二階に向けて全速力で走り出した。
 かなりの時間が経っている。彼のあの腕なら既に司令室を制圧して管制室に向かっているだろう。念のために長秀に確認を取ると、
<直江。開崎の野郎、自爆装置なんて仕掛けてやがった。もう少しで解除できる。今景虎が時間を稼いでるから応援に行ってやれ>
「何だと!?」
 長秀の声は切迫していた。彼に何かあったのか。焦燥感が胸を焦がす。こんなことならあの人を一人で行かせるんじゃなかった。そう叫びだしそうな自分を、悔やむくらいなら急げと叱咤し、もどかしさを堪えて走った。
 階段を三階分駆け上がり、長い廊下を駆け抜けてようやく管制室の銀色の扉の前にたどり着く。パネルにパスワードを入力するが、ドアは開く気配がない。中からロックされているようだ。
「くそッ!」
 分厚い扉を思いきり殴りつける。防音効果のある壁により、叩く音さえ中には届いていないだろう。
「景虎様ッ!」
 焦りが募る。腰のホルスターから銃を抜いた。
―――最大にしたらミサイルクラスの破壊力になる。
 そう苦笑しながら説明した景虎様の声が蘇る。
 エネルギーの残量はおよそ三分の一。これでこの分厚い合金の扉が破れるのか。
 三歩下がり、可能な限り出力を上げ、行く手を遮る扉に銃口を向けた。
 祈りを込めて引き金にかけた指に力を込めた。
 チュイン、というレーザー音の後、激しい音が耳を打った。合金の扉は中心がひしゃげるようにして吹っ飛んだ。
「景虎様!」 
 中に駆け込んだ俺の眼に飛び込んできたのは、彼をその腕に抱く開崎の姿だった。
 その瞬間、焦りも苛立ちも何もかもが怒りに埋め尽くされた。頭に血が昇り、何も考えられなくなる。
「開崎……ッ、貴、様……ッ!」
 勢いのままに、彼に突き飛ばされた開崎を殴りつけた。二発目を食らわす前に景虎様が倒れた開崎の胸の上に左足を乗せた。無言で銃を渡せと催促する彼に、エネルギーを使い果たした俺の銃の代わりに、側に落ちていた彼の銃を渡す。 
「わ、私を撃てば自爆装置が……」
 自爆装置を解除したと言う長秀の声は確かに聞こえた。この期に及んでまだそんなことを言う男を、俺は睨みつけた。視線だけで人が殺せるのなら、開崎は即死するだろう。
 許せない。憎い。殺してやりたい。いや、そんなものじゃ足りない。楽に殺してやるのも甘すぎる。開崎程度の男が彼を欲するなど身の程知らずもいいところだ。
 最後の頼みの綱さえも無効化され、無様な開崎に向かって彼は艶やかに微笑みかけた。
「ようやく自分の立場が分かったか?」
 彼のしなやかな指が、セーフティレバーを外す。
「チェック・メイトだ」
 見る者全てを陶然とさせる微笑を浮かべた彼は、瞳を閉じた開崎に向けて、静かに引き金を引いた。
 開崎の身体が動かなくなった。だが、かすかに胸が上下していることから見ても、死んではいない。景虎様の腕からレーザーガンを奪い取り、出力を上げて打ち込みたい衝動に駆られる。
「直江、地下の方はどうだ」
 ゆっくりと景虎様が振り返る。笑みを消し、抉る様に見つめる瞳は、まるで俺の考えていること全てを知っているかのようだ。
「地下一階居住区は掌握し、現在残りの区域と地下二階に兵を向かわせました。じきに制圧し終えるでしょう」
「そうか、ご苦労」
「景虎様、怪我を……」
 血は止まっているが、頬に擦過傷がある。
「かすり傷だ、大したことはない。一度第二ステーションに戻る」
 右頬を軽く拭う仕草をし、彼は開崎をそのままにして背を向けた。
「開崎はどうしますか」
「放っておけ。少し威力を強めたから三、四時間は目覚めない」
 コツコツと靴音を響かせ、彼は振り返ることなく歩き出した。俺がついて行くことを当然のように確信しているその背中。それを裏切らず、俺も歩き始めた。

「よう、お疲れさん」
 エアポートへ行くと、そこには中川の乗る無人偵察機ではなく、長秀の小型艦艇が待ち受けていた。
「長秀、第二ステーションに向かってくれ」
 長秀は景虎様の言葉に「アイ・アイ・サー」と応え、三人を乗せた小型艦艇は速やかに飛び立った。
 帰れば事後処理が山のように残っている。第二ステーションに帰還するまでしばしの休息だ。操縦する長秀は、景虎様の代わりに、引きも切らず繋がる通信に指示を出している。
「直江」
 ゆったりとしたソファーに深く腰掛けた景虎様は、隣に座るよう俺を呼んだ。
「直江、おまえを第二ステーションの責任者に任命するのを取り消す」
 内緒話のように耳元に囁かれた言葉は、意外な内容だった。
 責任者である三浦が消えたのにどうして、と不思議に思う俺に、彼は続けた。
「おまえは、俺の副官に任命する」
 驚きに目を見張る俺に、彼は満足そうに笑った。
「オレの側にいろ。たとえオレが任地を変えられ、どこへ飛ばされようとも、おまえはオレの側にいろ。そうすれば、楽しませてやる。二度と退屈でやりがいがないなんて言わせない」
 期待しても、いいのだろうか。あなたに認められた、と。あなたほどの人間に俺は認められたと、自惚れてもいいのだろうか。
「私はあなたの側にいます。これから先、何があっても、どこへ行こうとも」
 たとえついて来るなと言われても、俺はあなたの側にいる。
「自惚れた犬は、離れろと言う飼い主の命令なんて聞きませんよ。それでもいいのですか」
「自分で犬って言ってるじゃねーか」
 くすくすと笑った後、彼は目を閉じて俺の肩に頭を凭れさせてきた。
「離れるな。決して」
 安心したように瞳を閉じた彼は、歳相応の幼さの残る表情で、つかの間の眠りへと誘われていった。
「あ〜あ、おアツイこと」
 わざとらしく溜息を吐いた長秀を無視して、俺は強化ガラスの外を見つめた。
 外にはどこまでも続く果て無い漆黒に、煌く星々をちりばめた世界が広がっている。全てを受け入れて余りあるそれは、彼の瞳を彷彿とさせる。 


  いつかこの人を誰よりも高い場所に立たせよう。
  至高の輝きを秘めたこの人を、ふさわしい場所へ。
  高き椅子に凭れたこの人の隣で、共に。
  いつか果てるその瞬間まで………。

                                                  
                                         
THE END.
 




sayaka's coment

 タイトルの意味は「永遠の絆」……のつもりです。英語駄目ダメ人間ですので間違ってる可能性大ですが、もしそうだとしても気にしないでいただけると嬉しいです。
 高耶さんの軍服姿を書きたいな〜と思っていたらいつの間にか景虎様になっていて、しかも一人称なんてものになっておりました。
 一人称でアクション(あんまないですけど)は無謀の極みでした(汗)動作の描写を入れるのがひたすら難しくてかなり拙い文章となっておりますが、楽しんでいただけたら幸いです。--------(さやか様コメント)


noda's coment

 うひゃー!すごいです!面白かったですよぉーさやかさんっ!
 こういうSFチックな小説書ける方って、無条件に尊敬してしまいます。凄いです。代わりにサイト運営してほしいくらいです。
 景虎様は文句無くカッコイイですし、直江は早くも犬化してますし、長秀も大活躍で、いい具合に二人を冷やかしてくれて、実にバランスのとれたトリオですね♪
 この三人の力を合わせれば、本部乗っ取りの日もそう遠くは無いはず……!(乗っ取るなよ)
 それにしても景虎様ったら、出逢った翌日にはもう脈ありまくりだなんて、なんてお可愛らしい……v 直江に名前で呼んでもらえて喜んでるあたりでもう、ノックダウンですわっ。
 しかーし、許せないのが開崎〜っ(怒)
 おのれ景虎様の清い唇は直江だけのものだぁーッ!万死に値する!
 やはりこの後には直江の唇で口直しをしてもらわないと……v
 景虎様もそれを望んでいるに違いない!(←アホ)
 ……というかなんて頭悪そうなコメントなんでしょう、私ったら。(今更)
 とにかくとても面白かったです!ノダのセンスの無い装丁が足を引っ張っているような気もしますが、素晴らしい小説を戴けて納多氏感動の極みです!
 本当にありがとうございました〜♪--------(納多直刃コメント)


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