第二話 「は〜い、景虎」 高耶が寂れた街の一角の酒屋で一人食事を取っていると、後から明るい声を掛けられた。振り返るとこんな田舎の酒屋には似つかわしくない美人な女性がニコニコと立っている。 長い髪は僅かにカールし、体のラインのはっきりした服を身に纏っているその姿はそこらのモデルなんかでは太刀打ちできないほどだ。そんな彼女に、酒屋にいる他の連中は口笛を吹いて囃すが、近づこうとするもなのはいなかった。それはここに来るような人間ならば、彼女の恐ろしさを知っているからだ。美人な顔に騙されて近づいたものは間違いなくその場に沈むことになる。そして、さらに彼女が話し掛けている人間にもまた問題があった。この二人の名前を知らない人間は宇宙を飛ぶ人間ではない。 「ねーさん、仕事じゃなかったのかよ」 「あらやだ、まるで私に来て欲しくなかったような言い方ね。おあいにく様、仕事はさっさと終わらせたわよ。せっかく景虎がここに戻ってきているって、長秀から聞き出したんだから」 拗ねたようにほおを膨らませて見せながら、当然のように彼女―綾子は高耶の横に腰を下ろした。 「それより、あんたの方はどうなのよ。船調整に出しているって聞いたけど。あっ、私にも景虎と同じものちょうだい」 注文を聞くために会話を遮ってもいいものかと途惑っている少年を捕まえて、注文すると、「で、どうなの?」と、高耶の顔を覗き込んでくる。 それに軽く溜息をつくと、高耶は目の前の皿に乗っかっている肉を突付くのをやめ、綾子のほうに視線を向けた。 「船は調整に出してた。だからオレの船がなくても出来るような仕事しか受けてねーよ」 「ふ〜ん、だから船を運んでたんだ」 「――知ってるのに聞いたのかよ?」 「だって、聞きたかったんだもん」 綾子は高耶と同業者だ。高耶と同じ宇宙の何でも屋。ただでさえ女性の少ないこの危険な宇宙に単独で乗り込み、なおかつ男を蹴散らかす彼女はすでに宇宙の男たちにも一目置かれる存在だ。そして、女性だという事を弱みどころか売りにして仕事をしている。客が女性の場合、男よりも女に頼みたいと言うものも結構存在するのを知っているのだ。 そんな彼女とは広い宇宙で偶然行き会って、同じリペアの世話になっていると分かり、それ以来そのリペア長秀と三人。よくつるんでいる。もっとも、三人で逢うことなどめったにないのだが。 「で、船無傷で運べたわけ?」 人の仕事をどこまで知っているのか、仕事の内容まできっちり知っている様子に、高耶は思わず苦笑する。 年齢で言えば綾子の方が上とはいえ、船に乗っている時間で言えばどちらともいえない。なのに彼女はこうして、何かと言っては高耶を心配してくれるのだ。もちろん、その中には好奇心が多分に含まれるのも否めないが、それでもその元も気にかけると言う好意から発しているものには違いなかった。家族をすでに亡くしている高耶からすれば彼女のその思いは決して不快なものではない。 「運べたに決まってるだろ。途中で喧嘩は売られたけどな」 売られた喧嘩は十倍にして返す。そう言い切る高耶に今度は綾子が苦笑し、ようやっと出てきた食事にフォークを付き立てた。 「で、あんたまた直江にちょっかい出したんだって?ダメよぉ、あんな堅物をからかったら」 「〜〜ねーさん、どこまでオレの事知ってんだよ・・・」 仕事どころか仕事の途中であったことまで知っている綾子に高耶はもしかしたら自分のすべてを彼女は知っているのではと、怖い想像をしてしまう。浮かんできた怖い想像を打ち消そうと頭を振る高耶に、綾子は面白そうに口元を歪めた。 「あらぁ、全部に決まってんじゃない」 「はいはい。けどな、ねーさん言っとくけど、オレは直江にちょっかい出してもいなければ、からかってるつもりもないからな」 「本気だって言うんでしょう?」 「あぁ。宇宙広しと言えどもオレの操縦技術について来れるのは直江だけだしな」 何処か照れたようにそして嬉しそうに高耶は直江の事を語る。決して誰にも隠そうとはしない彼の態度に、綾子は一種憧憬を覚える。自分には出来なかったことだ。 そして、彼のそんな態度のおかげか、あの“景虎”が宇宙連邦警察の直江に惚れていると言う事は、すでに宇宙の男たちの信ずる所となっている。そのせいか、彼の乗る艦にあからさまな喧嘩を売る馬鹿はほとんどいない。直江に喧嘩を売ると言う事は、すなわち景虎への宣戦布告になるのだ。 それだけ回りが知っているのに、当の本人である直江は全く高耶の言い分を信じていないようだった。完全に高耶の片想いだ。それでもめげることなく、いっそ健気なまでに直江を想う高耶を綾子は不憫に思って、高耶の頭を二三度軽く叩く。 「まぁ、がんばりなさい。お姉さんはいつでも高耶の味方よ」 突然変わった綾子の態度を高耶は不審に思いながらも、「おう」と、頷いたのだった。 ――その事件は突如起きた。 その日は非番で本当に偶然思い立って、今現在人類が版図を広げている中でも片田舎にまで足を延ばしていた。乗っている船は今任されている艦の前に乗っていたあまりでかくはない船。これに乗っていた時は部下もなく、勝手気ままに一人で広い宇宙を駆け回っていた。 そんな昔を何とはなしに懐かしみながら飛んでいたとき、突然通信信号が入ったのだ。信号の内容はSOS。緊急事態が起きたときに船の四方八方に自動的に飛ばされる信号。場所は自分がいる場所から三十分ほどのところだった。 信号を受け取るとすぐに場所を割り出し、そのあたりの地図を読み出す。それと同時に発せられる信号を逆に辿って何とか通信しようと試みたが、返事は返ってこなかった。そして、三十分して辿り付いた先では大規模な事故が起きていた。客船とそれに突っ込むような形になっている海賊船。信号は客船の方から出されたようだった。おそらく知らず知らずに海賊の縄張りを荒らしてしまい、追いかけられていたのだろう。そして、そのまま逃げていた客船側の操縦ミスか、はたまた海賊船のほうのミスか、二つの船は激突してしまったのだ。本来ならぶつかったその時点でアウトだが、今はかろうじて張られているシールドのおかげで中の人間は生き長らえている。 それが、事故現場を見た直江が瞬時に下した事故の理由だ しかし、今は人が生きているようだというのに関しては完全に時間の問題だった。警察の援軍がくるまで結界自身が持つか怪しいところだし、それに海賊の方の味方が先にきたら目も当てられないようなことになりかねない。かといって、小さな船一つしか持って来ていない自分だけではどうにかできるような自体でもなく、直江は知らず知らずに唇を噛み締めた。ひどく無力だ。 そして、前方のスクリーンを睨みつけていた直江は不意に一つの事を思い出した。 この宙域を自分は知っている。もちろん来るのは初めてだ。そうではなく、聞き知っているのだ。 宇宙一の腕を誇る何でも屋“景虎”の隠し住居がこの近くだと、かつて出会ったころ彼が言っていたのを、直江は思い出していたのだった。 調整に出していた船は思っていたよりもずっと調子が良さそうで、高耶はひどくご機嫌だった。 いくら他の船でも操縦の自信があるとはいえ、やはり自分の船が一番に違いない。それに、実際仕事の方も自分の船がなければどうにもならないことの方が断然多いのだ。だから船が戻ってきた今、本格的に仕事に戻れる。 宇宙を飛ぶことが好きな高耶にしてみれば仕事は決して辛いものではなく、どちらかと言えば趣味に近いところがあった。船の整備一つとっても、実は結構なもので、その事を長秀と話すのも長秀の所に来る楽しみの一つだ。 だからその日もいつものように船を取りに来て他に特に用事がなかった高耶は、新しくなった船の箇所箇所の説明を嬉々としながら聞いていた。頼んでいた所意外にも長秀の独断でレベルを上げておいてくれた所なんかもあり、聞いておかないとあとで困ることになるのだ。 そして、一通りの話が終わりこのまま街にでも酒を飲みに行くかとなったとき、高耶の船に緊急通信が入った。 この船への直通通信番号を知っているのはホンの数名だ。そのうちでもっとも連絡をしてくるのが多い長秀はここにいて、彼であるはずがない。ならば、綾子だろうかと発信番号を見た高耶はそのままその場でフリーズした。 確かに、この船の番号を知っている人間であったが、知らない船から連絡があったほうがまだ現実味があるにちがいない。彼のほうから通信をしてくるなど、考えたこともなかった。何がどうなって発信者番号が彼の船になっているのだろうか。 緊急通信が入るなり凍ってしまった高耶に長秀は不思議そうに首を傾げ、横から高耶の視線の先にあるパネルを覗き込んだ。そして、その先にある番号を見て、暫く考え込み、その番号が示す所を読み取る。読み取った彼は即座ににんまりと笑みを浮かべた。 「へぇ、お前、いつの間に直江と仲良くなったんだよ」 まさか高耶とは違って直江の番号を覚えているわけではないが、一度ならずと見たことがあるのと、後は高耶の様子とを組み合わせれば答えは決まっている。 「お前も隅に置けないねぇ」 楽しそうにからかってくる長秀の声に正気に帰った高耶は、慌てて頭を振った。 「うるせぇ。ちょっと退けよ」 我が物顔で操縦席に腰を下ろした長秀を、少しだけ顔を赤くしながら怒鳴りつけ、そこを退くように命令する。パネルの前にいられたのでは操作しにくい。照れ隠しのように怒鳴られて、長秀はニヤニヤとしたままで席を譲った。そこに高耶がすぐに入り込む。 席に座って、すーはーすーはーと深呼吸を二三度繰り返し、さらに頬を軽く叩てみせる。別に取って食われるわけじゃないねぇだろ、と、すごい緊張を強いられている様子の高耶に長秀は心の突っ込んだが、それをこの場で口にすることはしない。 「・・・よし!」 十分に気合を入れたらしい高耶は、長秀が見守る中緊張で僅かに震える指で通信ボタンに手を伸ばした。 普段の彼しか知らない連中が見たら驚くに違いない。これがあの傲我不遜の“景虎”かと。高耶が直江にほれているのは有名でもその実体を知る者はほとんどいないのだ。高耶がこれほどまで純情で一途に片想いをしているという事を知っているのは、彼を近くで見ている人間ぐらいだろう。普段は高耶をからかうことに重点を置いている長秀だが、高耶のそんなところもきちんと分かっていて、だからできればうまくいって欲しいと思う。なんと言っても五年だ。五年も高耶は一人の人間を想い続けているのだから。 通信が繋がると現れたのは想像通りに直江だった。しかし、その様子がどうも普段とは違う。 直江から通信をもらえたことを純粋に喜んでいた高耶は、その様に顔をしかめた。普段はあまり表情が出ない直江の顔に、明かに焦りに色が浮かんでいる。 何かがあったらしいと思い、その内容を聞こうと思った。それは嘘ではない、本当に心のそこから話を聞いて、自分に出来ることをしてあげたいと思う。 でもその反面。やはりとも思った。 何かがあって、おそらく自分に何かを求めるために連絡を取ってきたのだ。別に“高耶”本人に、個人的なもので連絡してくれたわけではない。 そんなことを願うのは間違っていると思う。 例えその根底に何があろうとも、自分の事を思い出してくれただけでも感謝をすべきだ。喜ぶべきだ。 なのに、それを分かっていると思っているのに、その端から寂しく思ってしまうのは、いけないことだろうか。 何処か沈んでしまった高耶に直江が気付くはずもなく、通信が繋がると僅かに安堵して、それから単刀直入に用件に入った。 『高耶さん、私からの依頼を受けてくださいませんか?』 「・・・依頼?」 『はい、私のいる宙域で事故が起きたんです。でも、援助を待っているだけの時間的余裕がありそうではない。客船と海賊の事故なんです。張られているシールドもそんなに持たないでしょうし、何よりも海賊の報復と警察とどちらが早いか・・・だから、もし近くにいるのならば、客船の乗客の救出を手伝ってください。私の船は二人、多くても三・四人までしが乗れないんです』 直江からの通信が完全にプライベートでないと分かって、少し膨れていた顔が直江の言葉ですぐに真剣なものに代わった。 地図を見れば、直江のいる場所は明かに“景虎”の支配域だ。それに高耶の性格を考えれば近くで事故があって自分の力がいるのだと分かれば黙っていられるはずがない。案の定、地図に目を落としたまま考え込んでしまった高耶に長秀は肩を上げた。どうも付き合う羽目になりそうだ。 「おい、客船の型分かるか?」 高耶しかいないと思っていた直江は、突如聞いたこともない声に話し掛けられて、息を呑んだがすぐにそれどころではないと目の前のガラス越しに目を凝らした。 『多分、M-572だと思うが・・・正確かちょっと自信がない』 客船など己の知識外だ。これが戦艦であれば見ればわかると言う自信はあるのだが。しかし、この場で必要とされているのは戦艦の知識ではなく、客船の知識。それでも何とか記憶のそこから名前を引っ張り出してきたが、違うといわれればそうかとすぐに言える程度だ。 「・・・分かった。こちらで判断するから映像を送ってくれ」 『すまない。映像の方はすぐに送る。それからどうしたらいい?』 自分よりも相手に判断を任すべきだと直江は思い、次の指示を仰いだ。単独で動くと逆効果になる可能性もある。 しかし、聞かれた長秀もまさか自分で指示をぽんぽんと下せるはずもなく、隣で考え込んでいる高耶の頭を軽くはたいた。 「オイ、景虎。他にどうするんだよ」 「いってぇなぁ。全く・・・」 突然頭を叩かれた高耶は不満そうに長秀を睨み上げたが、すぐに通信に向かう。やはりここで言い合っているだけの時間的余裕がないと分かっているのだろう。 「直江、ぶつかった海賊船の方はどこのかわかるか?」 『海賊船は・・・多分赤鯨衆のものだと』 「赤鯨衆?・・・そうか。海賊の方はオレが手をまわしておく。直江はそこで待機していてくれ。それで何が異常があれば連絡をくれたらいい」 『えっ、じゃぁ・・・』 「あぁ、依頼受けさせてもらうぜ」 to be continued... |
★納多直刃コメント★ 純情一途に直江を想う高耶さん……。 くううっ、たまりませぬたまりませぬ!! 深呼吸して、気合入れて直江との通信に臨む高耶さんも もの凄く萌えですしv 千秋と綾子ねーさんの設定もカッコイイですよね! 何やってもこの人たちは似合うよなぁ。 2002/10/21 back top next ご感想はmailか「翼〜WING〜」様にてどうぞ♪ |