直江。 直江……。 眠っているのか? 安らかに、おまえは眠っているか。 オレのそばで、おまえは……幸福に安らげているか。 おまえの、その傷ついた心を癒したいという気持ちは、いまも変わってはいない。 いつも、いつでも、おまえを苦しめずにはいられないオレとそのもう一方で、おまえを癒したいと願うオレが存在していた。 楽になってほしいと、いつも思っていた。 けれど、それがオレの元を離れていくことを意味するなら、おまえは永遠に楽にならなくていいとも思っていた。 なんて醜い感情。 なんて醜い独占欲。 なんて醜い自分……。 ほんとうは、笑っていて欲しいのに。 オレのそばで、ただ、微笑んでいてくれたなら、それだけでいいのに……。 どうしてオレは、おまえを苦しめることしかできないのだろう。 どうして、最後の最後で……オレたちはすれ違ってしまうのだろう。 閉ざされてしまった、おまえの心。 無力と絶望のあまり、言葉さえつむげなくなったおまえの声。 おまえは無力だなんて言うけれど、おまえの言葉は、いつもオレの魂を揺さぶり続けていた。 閉ざしていた扉を開けたのは、おまえの言葉だった。 これほどに心に届く言葉を向けられたのは、おまえが初めてだった。 声さえ失ってしまったおまえ。 それなのにどうして、こんなにもおまえの想いがオレの魂に届いている。 おまえの昏い瞳を覗くたび、おまえの悲痛な叫びが聞こえる。どうしようもない魂の嗚咽と絶叫がオレの鼓膜を貫く。 いまも全身で感じている。おまえの一挙手一投足すべてにおまえの激しい慟哭が、嘆きが込められている。オレを包んでいる。 何も言わずとも全身で訴えるおまえの虚無に……オレはなんと言葉をかければ良いのだろう……。 立ちはだかるオレを怨み、そうして己の無力に絶望するおまえの心を……。 言葉無く涙を流し続けるおまえ。 泣き喚いて、吐き出してしまえば楽になるのに、オレを行かせてしまった自分が救われることをおまえは望まない。 戒めるように、唇を噛み締め、呻きさえ漏らさず、想いのすべてが凝縮された涙を、ただ一滴静かにその頬に落とす。 やり場の無い虚無を振り砕くかのように、オレの身体を引き裂く。 許しを乞うても離さず、痛みしか伴わない情交を交わしながら、やさしさの欠片も無い手荒さでオレの身体を貫いて。 血まみれの肢体を組み敷いて、激痛に悶えるオレの絶叫を聞きながら、泣いているのはおまえの方だった。 オレを根底から貫きながら、おまえはいつも叫んでいた。 “あなたを愛している……!”と。 痛みに満ちたおまえの言葉が届いていた。オレの心を縛り続けていた。 直江……。 オレを引き裂くことで、おまえの虚無が少しでも軽くなるのなら、何度でもぶつければいい。 おまえの声を奪ってまで罪を成した自分には、ただおまえを受け入れることしかできやしないから……。 けれど直江。これだけは信じて欲しい。 おまえの言葉は、決して無力なんかじゃない。 いままでおまえにもらったひとつひとつの言葉が、オレにとって、掛け替えのない宝物だった。 おまえの言葉には、人の心を切なくさせる何かがあった。 オレはそれを自分だけのものにしたくて、誰にも渡したくなくて。 オレは四百年間、おまえのその想いを飽くことなく聞き続けていた。 おまえに癒されていた。 おまえの命の宿った、その宝石のような言葉で。 もう一度、おまえの声を聞きたいと……。 オレが願うのは、許されぬことだろうか。 おまえの声を奪った、オレ自身が、願うことなんて……。 けれど、直江。 生きることに絶望していたオレに、「道は続いているのだ」と、語ったおまえの言葉を、オレはいまでも忘れていない。 オレたちの道は、まだ終わらない。 ここは終わりなんかじゃない。 道はずっと続いている。 オレたち二人が、わかり合い、そうして微笑みあうことができる、未来へと……。 直江。 直江。 この声が、おまえに届くだろうか。 絶望に沈んでしまったおまえの心に、オレの声は届くだろうか。 氷の膜で覆われた魂に、オレは何度でも呼びかけるから。 おまえが言葉にできなかった想いを、今度はオレが伝えるから。 おまえにこの言葉が届いてほしい。 残された時間は、あとわずかかもしれないけれど。 おまえとオレが、幸福になれるよう、共に笑うことができるよう。 こんなにも真摯に願っているから。 おまえは、そんな自分と……。 いつまでも一緒にいてほしい。 最期までそばにいてほしい。 共に歩み続けていてほしい。 光あふれる明日を目指して──。 共に、歩こう。直江……。 |