Mirage's ten episodes.
Part5.=love=
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 直江。

 直江……。

 眠っているのか?

 安らかに、おまえは眠っているか。

 オレのそばで、おまえは……幸福に安らげているか。



 おまえの、その傷ついた心を癒したいという気持ちは、いまも変わってはいない。

 いつも、いつでも、おまえを苦しめずにはいられないオレとそのもう一方で、おまえを癒したいと願うオレが存在していた。

 楽になってほしいと、いつも思っていた。
 けれど、それがオレの元を離れていくことを意味するなら、おまえは永遠に楽にならなくていいとも思っていた。

 なんて醜い感情。

 なんて醜い独占欲。

 なんて醜い自分……。



 ほんとうは、笑っていて欲しいのに。

 オレのそばで、ただ、微笑んでいてくれたなら、それだけでいいのに……。

 どうしてオレは、おまえを苦しめることしかできないのだろう。

 どうして、最後の最後で……オレたちはすれ違ってしまうのだろう。



 閉ざされてしまった、おまえの心。

 無力と絶望のあまり、言葉さえつむげなくなったおまえの声。


 おまえは無力だなんて言うけれど、おまえの言葉は、いつもオレの魂を揺さぶり続けていた。

 閉ざしていた扉を開けたのは、おまえの言葉だった。
 これほどに心に届く言葉を向けられたのは、おまえが初めてだった。


 声さえ失ってしまったおまえ。
 それなのにどうして、こんなにもおまえの想いがオレの魂に届いている。

 おまえの昏い瞳を覗くたび、おまえの悲痛な叫びが聞こえる。どうしようもない魂の嗚咽と絶叫がオレの鼓膜を貫く。

 いまも全身で感じている。おまえの一挙手一投足すべてにおまえの激しい慟哭が、嘆きが込められている。オレを包んでいる。

 何も言わずとも全身で訴えるおまえの虚無に……オレはなんと言葉をかければ良いのだろう……。
 立ちはだかるオレを怨み、そうして己の無力に絶望するおまえの心を……。


 言葉無く涙を流し続けるおまえ。
 泣き喚いて、吐き出してしまえば楽になるのに、オレを行かせてしまった自分が救われることをおまえは望まない。
 戒めるように、唇を噛み締め、呻きさえ漏らさず、想いのすべてが凝縮された涙を、ただ一滴静かにその頬に落とす。

 やり場の無い虚無を振り砕くかのように、オレの身体を引き裂く。
 許しを乞うても離さず、痛みしか伴わない情交を交わしながら、やさしさの欠片も無い手荒さでオレの身体を貫いて。
 血まみれの肢体を組み敷いて、激痛に悶えるオレの絶叫を聞きながら、泣いているのはおまえの方だった。

 オレを根底から貫きながら、おまえはいつも叫んでいた。
 “あなたを愛している……!”と。
 痛みに満ちたおまえの言葉が届いていた。オレの心を縛り続けていた。


 直江……。
 オレを引き裂くことで、おまえの虚無が少しでも軽くなるのなら、何度でもぶつければいい。
おまえの声を奪ってまで罪を成した自分には、ただおまえを受け入れることしかできやしないから……。




 けれど直江。これだけは信じて欲しい。

 おまえの言葉は、決して無力なんかじゃない。

 いままでおまえにもらったひとつひとつの言葉が、オレにとって、掛け替えのない宝物だった。

 おまえの言葉には、人の心を切なくさせる何かがあった。

 オレはそれを自分だけのものにしたくて、誰にも渡したくなくて。

 オレは四百年間、おまえのその想いを飽くことなく聞き続けていた。

 おまえに癒されていた。

 おまえの命の宿った、その宝石のような言葉で。






 もう一度、おまえの声を聞きたいと……。
 オレが願うのは、許されぬことだろうか。

 おまえの声を奪った、オレ自身が、願うことなんて……。



 けれど、直江。
 生きることに絶望していたオレに、「道は続いているのだ」と、語ったおまえの言葉を、オレはいまでも忘れていない。
 
オレたちの道は、まだ終わらない。

 ここは終わりなんかじゃない。

 道はずっと続いている。

 オレたち二人が、わかり合い、そうして微笑みあうことができる、未来へと……。





 直江。


 直江。


 この声が、おまえに届くだろうか。


 絶望に沈んでしまったおまえの心に、オレの声は届くだろうか。


 氷の膜で覆われた魂に、オレは何度でも呼びかけるから。


 おまえが言葉にできなかった想いを、今度はオレが伝えるから。


 おまえにこの言葉が届いてほしい。


 残された時間は、あとわずかかもしれないけれど。


 おまえとオレが、幸福になれるよう、共に笑うことができるよう。

 こんなにも真摯に願っているから。


 おまえは、そんな自分と……。


 いつまでも一緒にいてほしい。


 最期までそばにいてほしい。


 共に歩み続けていてほしい。


 光あふれる明日を目指して──。









 共に、歩こう。直江……。