なおえ……。 覚えているだろうか……。 おまえと、オレが、初めて逢った日のことを。 もう、ずいぶんと、昔のことだけど。 こうしていると、なぜだか、無性にあのときのことが、甦ってきて……。 夢にも思わなかったよ。 自分という人間が、これほどに、誰かを愛することに、なるなんて。 おまえを、こんなに好きになるなんて。 初めての出逢いは、そう、春日山城だったよな……。 お互い、本当に青かったよな。 まだ、世の中のことなんてなんにも分かっちゃいない、青臭い少年だったよな……。 あの時から、四百年もの月日が流れてしまっただなんて、とても信じられないよ……。 ああ……そっか。 さっき、見てきたんだっけ……。 だからこんなに、覚えてるんだ。 そう、死後に、初めて逢ったときのことも……。 あの時、オレはあんなに誓っていたのに。 絶対、この男にだけは、心を許しはしないと……決めていたのに。 あのころの気持ちもまた、いまでは懐かしい思い出でしかなくなってしまった……。 オレは、本当に、しあわせな人間だったと思うよ……。 ひょっとしたら、世界一かもしれない。 おまえという存在に、ただ一人、ひたすらに愛されていることが、本当はいつも自慢だった。 伝えたことはなかったけど。 おまえは、ただ一人の人間を、……愛し続けるという才能にかけては、きっと世界一だったとオレは思っていた。 そんな男に、選ばれたのは、他でもない自分だった……。 どれだけ誇らしかったか。 どんなに、嬉しかったか……。 けれど、人というのは不思議ないきもので。 手に入れたと思ったら、今度は失うことの恐怖に、つぎの瞬間には囚われ始めている……。 おまえに愛され続ける自信が、オレにはこれっぽっちもなかったんだ。 おまえに選ばれたことすら、未だに信じられなくて。 おまえみたいな人間に、愛してもらう価値なんて、ほんとは自分には無いことを、オレは知っていたから。 オレの真の価値を……そのちっぽけさを知ってしまったら、きっとおまえは去ってしまうから。 でも、おまえを失うことに耐えられなくて。 偽りの自分で、虚勢を張って、おまえをいつまでも縛り続けていた……。 嘘なんかで塗り固めて、長く続くわけもないのに……。 どんなにおまえを傷つけただろう。 オレが傷ついた分よりも、おまえが傷つけられた分の方が、はるかに大きくて。 それが分かっていながら逃げてばかりいた自分は、最悪に醜かった……。 それでも、オレは本当は、おまえに暴いてほしかったのかもしれない。 オレの逃げ場さえも壊して、取り巻く嘘のすべてを壊して。 オレの真の姿を、おまえの手で暴いてほしかった。 そして受け入れてほしかった……。 オレの醜ささえも、何もかも溶かして、おまえの愛で、つつんでほしかった。 ゆるし合いたかった。 オレの為した罪も、おまえの為した罪も。 互いの心の底の醜ささえも、すべてさらけだして。 そうしてなお許しあい、愛しあえるような二人に、なりたかった。 そんな、自分勝手な理想論を、他の人間に求めるなど、愚かなことだとは思ったけれど……。 おまえはこの地上で唯一、それを為しえる可能性を持った、奇跡のような存在だった。 本当に神に愛されたのは、おまえのほうだったのかもしれない……。 おまえという存在が、罪の沼に陥った一人の子を、その手で救いだしてくれた。 そうして、受け入れてくれたんだ。 オレのすべてを。おまえの愛で。 おまえの全身全霊の愛が、オレの魂を絶望の淵から救い出してくれた。 おまえはオレの、ただひとつの聖域と呼べる存在だった。 いまもわすれていない。 あの瞬間を。 あの解放の瞬きを。 霧につつまれた牢獄の中、ふたりはただ一つの生命になった。 あの場所ですごした、ふたりの日々は、オレのなかの光で在り続けた。 いつの日もあの聖なる時間が、オレの心の奥を灯し続けてくれていた。 あの時もらった、おまえの言葉は、何ものにもかえがたい宝物だった……。 おまえとの出逢いこそが、オレの生涯の、幸福へと続くすべての始まりだったんだ……。 おまえじゃなきゃ駄目なんだ。 他の何にも、おまえのかわりになど、なりはしなかった。 おまえがほしかった。 しあわせだった。 おまえを、愛していた……。 な、おえ……。 きこ、えるか……。 オレの、こえ……まだ……。 ああ……なみの、おとがする……。 越後の、うみ……。 あの海の、おとだ……。 かえりたいな……。 もう、いちど、ふたりで……。 つれていって……くれ、るか……? うん、……やくそく……だ……。 ああ……。 ここは、きれいだなぁ……。 キラキラ、光ってる……虹色に。 とても、きれいだ……。 でも……あの場所……ほどじゃ、ない……。 そこは……聖域、だから……。 おまえの、なか……ある……たった、ひ……とつの……。 オレ、……だけの……。 な、お……え……。 |