私は許しを求めているのでしょうか。 誰に許しを乞うているのでしょうか。 何から私は、こんなにも逃れたがっているのでしょうか。 人は生きる上でなんと多くの罪を犯し続けているのでしょう。 数え切れないほどの罪も、まるで無かったことのように日々をのうのうと生き続けていく愚かな人間たちの、なんと多いことでしょうか。 所詮人は自分のことしか考えていない。誰のため以上に自分のためしか考えられない。自分に何かしら利のあることでなければ人の心は動きはしない。 人間なんてこんなに醜い。 幾百もの年月、生まれ出でやがては消え行く泡沫のような生の数々をいったいいくつ見てきたことか。 けれど自分ほどに醜悪な生を垂れ流し続ける人間は、この世で他に存在しませんでした。 終わり無い道の闇に埋もれ続けながら、私は自分という人間のその醜さに向き合い続けて、そしてあまりにも絶望し続けて、もう自分が何者かさえも分からなくなってしまいました。 私はいったい、何を求めているのでしょうか。 何を思って生きているのでしょうか。 なんのために生きているのでしょうか。 赤く揺らめく炎の元に、白い肌が晒されていた。 柔らかな曲線を描くその四肢の持ち主は、瞳を開けたまま、人形のようにピクリとも動かず横たわっている。 引き裂かれた着衣は血と体液にまみれて、惨劇の跡は不気味なまでの沈黙に包まれていた。 流れる髪に隠された、その昏い目の奥に何を映しているのか。知ることはできないし、知りたいとも思わない。 美しい、ただ純粋でひたむきな想いで彼を愛することができるのなら、どんなに良いだろうと、いままで何度思ったことだろう。 穏やかな思慕だけで彼を包むことができたなら。 私の想いでは、あなたを微笑ませることはできませんか。 あなたを癒すことはできませんか。 あなたの重荷になるだけなのですか。 けれど私にはどうすることもできないのです。 あなたを激しく愛するのと同じだけの強さで、あなたのことをこんなにも強く憎んでいる。憎悪している。 足掻いても足掻いても、逃れることの出来ない呪縛に苦しみもがいて、血まみれになりながらなお、それでも私はあなたを愛していた。 受け入れてくれないのならいっそ切り捨てれば良い。なのにあなたは私という哀れな崇拝者を決して離そうとはしない。 己に跪く敗北者を散々になぶり、甘い汁を吸い尽くし、それでもまだ足りないとあなたは私を縛り続ける。 私はもう疲れてしまったんです。 あなたを愛していくことも、憎んでいくことも、恋焦がれ妬み憧憬しすがりつき続けることもなにもかもすべてに疲れてしまったんです。 何もかも終わらせればいい。あなたとの思い出も絆もすべて滅茶苦茶にうち砕いて、そうして私自身さえ粉々になってしまいたい。 あなたなんて無くなってしまえばいい。 私と共に消えて無くなってしまえばいい。 それでもどうして、こんなにもまだ胸の底が痛み続けるのでしょうか。 まだ私は足掻き続けているのでしょうか。 ……もう、やめよう。すべて捨てるんだ。私はもう戻れないところまで来てしまった。 あなたをこれ以上ないほどの仕打ちで傷つけ、憎まれ、そうして私を捨てればいい。 私はやっと解放されるのだ。あなたという呪縛から何もかもすべて。 やがてあなたを恨み続けた日々さえもが歴史の中に埋もれていく。 あなたを愛した記憶もまた、廃棄され淘汰され、あなたと私が交わした想いも思念も、何も無かったことになるのだ。 私はあなたなんて愛していない。 憎んでもいない。怨んでもいない。 すべてを投げ出すのだ。引き金を引いたのは私だった。あなたの大事なものを奪い取って、ぐちゃぐちゃに切り裂いて、私とあなたの縁など引き千切れてしまえばいい。 あなたがいけない。私以外の者に癒されるあなたがいけない。 私には向けぬその笑顔を、私以外の者に向けるあなたがいけない。 こんな思いに囚われるのはもう絶えられない。 断ち切りたい。 何もかも終わりにしたい。 私以外にその微笑みを向けるあなたなんて、この世から消えてしまえばいい……! 窓の外、闇夜の白い月が清かに光っている。 罪人の横顔を、その清浄な光で静かに照らし出す。 ……望みなんか、叶うわけもない。 ふたりの道は最後まで交差することもなく、やがて音も無く消滅していくだけ。 私の望みは、たったひとつだったのです。 いまも昔も、欲しいものはたったひとつだけだった。 それすら叶わない未来に、何の望みをかければ良いというのだろう……。 この苦しみから解放してくれ。 長く苦しみ続けて、疲れきってしまった、あなたの永遠の下僕の哀れなる魂を、あなたの手で解き放ってほしい。 この断ち切れぬ鎖をいま、あなたという剣を以って。 粉々に打ち砕いてくれ……! 地獄に堕ちゆく魂を、あなたを傷つける私の魂を。 あなたを愛してしまうこの魂を。 欲しかったのは、本当はただひとつだけだった……。 あなたのその笑顔だけだった。 私の傍らで、あなたが微笑んでいてくれること。 本当は、ただそれだけだったのです……。 |