第一話

 ホワホワ、フサフサ。

 真っ白な雪原の中を小さな生き物がしきりに飛び跳ねている。
 いや、雪ではないか。いまは夏だ。だとしたらあの白いフワフワしたモンは何だ?
 生き物はピョンピョン飛び跳ねながら、こちらに近づいてくる。
 黄金色のフサフサした毛に、先っぽの真っ白いフリフリとしたしっぽ。
 テレビでよく見る光景だ。北海道の降りしきる雪の原っぱを、母親と共に小さな小さな兄弟が、えっちらおっちら跳ね回る。
 クッションのような白いモノを飛び越えて接近してきたその生き物を、視界にしっかと捉えた楢崎は、ひとさし指を突き立てて叫んだ。

「キタギツネだー!」
《誰がキタギツネじゃ》

 生き物が思いっきり不機嫌な声で答えた。

「うわっ、キツネのくせに喋った!」
《あんじゃとぉ?おんしわしをなんじゃと心得ちょるんじゃ》

 驚く楢崎の足元へとピョコピョコ歩み寄りながら、生き物がこちらを見上げて言う。

「なにって、キタギツネだろ?」
《違う。聞いて驚け、わしは剣山に千年以上住む<神狐>なんじゃ》

 そう言って生き物──神狐は、誇らしそうに胸を張ったが、楢崎の方は胡散臭げに眉を寄せるのみだ。

「普通のキツネにしか見えねーんだけど」
《甘いのぉ。この姿は世を忍ぶ仮の姿じゃ。本当の姿を人間に見られたら、いつ見せ物小屋の檻の中にぶち込まれるか、分かったモンじゃないからのぉ》

 見せ物って……今時そんなモンあんのか?と楢崎は首を傾げたが、確かに珍しい生き物なら研究所の檻の中にぶち込まれることはあるかもしれない。

「んじゃ見せてよ。俺見たい」
《……しょうがないの》

 そう呟いて神狐は一歩下がると、金色の毛並みがパアアッといきなり輝きだして神々しいオーラに包まれたかと思うと、助走をつけてポーンと飛び上がり、空中でくるりと一回転した。

 ヒュイィィン!

 甲高い音が鳴り響いたあと、じょじょに眩しい輝きが引いていく。
 楢崎が口をあんぐりと開けながら視線を向けた先にいたのは、青白い光を放つ白い毛並みに、ルビーをはめ込んだような双眼を持った、美しい弧霊であった。

「うわっすっげぇーっ!」

 楢崎は興奮のあまり叫んだ。神狐はその様子に気を良くしたようにニヤッと微笑む。

《どうじゃ、これで分かったじゃろ。わしは霊験あらたかな剣山の神狐様じゃぞ》
「ああ、そうだなっ。俺信じるよっ」

 楢崎はキラキラ真珠のように光るキツネの毛並みを、好奇心も露に見つめていたが、ふいに「あれ?」と訝しげに呟いた。

「なんでしっぽが九本じゃねーの?」

 唐突に言われた言葉に、神狐は《なんじゃと?》と首を傾げた。

「だって、フツー化けギツネってのはしっぽが九本に割れてるもんだろ?あんた一本じゃん」

 楢崎は生前小学校の頃に読んだ、「妖怪百科事典」の挿絵を頭に思い浮かべた。
 確かに、記憶の中の映像では狐の尾は九つに割れているし、次のページの「猫又」の尾も三つに割れている。
 神狐は赤い眼を真ん丸く見開いて、

《こんのべこのかあもんが!そりゃあ妖狐は妖狐でも野狐じゃわい!わしはれっきとした善狐で、しかも元々は伏見稲荷大社の宇賀御魂命(うかのみたまのみこと)の眷属じゃった由緒あるエリート白狐なんじゃぞっ!》

と息を弾ませて叫んだ。
 ここに高耶か直江がいたらさぞや仰天したことだろうが、楢崎は死霊とは言え、生前は平凡な一般家庭のごくごく普通の現代人であったので、あいにくそちら方面の知識は豊富とは言えなかった。

「自分でエリートとか言うなよ」
《現にそうなんじゃからしょーが無い。それにホレ、あれじゃぞ。おんしら人間たちの間で有名な陰陽師・安倍晴明の母親と言われている伝説の信太の森の白狐も、わしのマブダチじゃったんじゃからな》
「……ふぅーーん」

 神狐は得意げに言ったが、これまた生憎楢崎の生前にはまだ「安倍晴明ブーム」は来ていなかったので、彼に神狐に対する尊敬の念を向けさせる効果にはならなかったようだ。

「でもいまは剣山の山奥で落ちぶれてんだ」
《違うわい。別に落ちぶれちょるわけではない》
「けど、伏見って京都だろぉ?俺親戚があそこらにいてさ。……それが何で徳島の剣山にいるわけ。やっぱそのナンタラのミコトってのに左遷されたんじゃねーの?」
《いんや、むしろわしがおん出てきたんじゃ》
「何で?油揚げ食わせてくれなかったとか?」
《……違う。そうじゃのーて、ほれ、あれじゃあの……》

 途端に神狐が何やら気恥ずかしそうに、雪のように白い体をモジモジさせた。

《何ちゅーか、まぁ、若気の至りっちゅーヤツじゃの……》
「……んだそれ?」
《……解さないヤツじゃの。イマドキの若いモンは》
「あっ、分かった!コレだろコレ!」

 そう言って、楢崎が小指を突き立てる。神狐は瞬間顔を赤くして、視線を彷徨わせると美しい白銀の尻尾をブンブン振った。

《ま……微妙に違うが、大よそそんな感じじゃ》
「なんか、あんた格好はキラキラしてて綺麗だけど、ちっとも神サマらしくねーな」
《ほっとけ。……ってそんなことはどうでもいいんじゃ》

 神狐はハタと我に返ったように言った。

《実はな、今日はおんしに一つだけ願いを叶えてやりに来てやったんじゃ》
「願いぃ〜?」

 楢崎がまたまた胡散臭そうに口を曲げた。

《そうじゃ。おんし先日剣山で怪我した小ギツネを手当てしてやったじゃろ?》

 楢崎がパチクリと眼を瞬かせる。

「え、いや……そういえばそんなことあったけど」
《そいつがの、どうしてもおんしに恩返しがしたいっちゅーもんでな》

 そう神狐が言った瞬間、輝く尾の下の辺りから、ひどく小さな「ぽてぽて」とした物体が飛び出した。
 楢崎が眼を向けると、そこにいたのは小麦色の小さな赤ちゃんキツネだった。

「ゴン太っ!」

 楢崎があまりにもパターンな名前を、驚愕と共に叫ぶと、赤ちゃんキツネはそれこそピョコピョコ跳ねながら彼の足元に擦り寄ってくる。楢崎は嬉しそうにキツネを抱き上げて、柔らかな毛並みを頬にすり寄せた。

「おまえ、ちゃんと山に帰れたんだな〜。エライぞゴン太ぁ」
「ケーン」

 すりすりと頬擦りする楢崎に、キツネは野生とはとても思えない従順さで大人しく抱かれながら、かわいらしく鳴いた。

《そのキツネはわしのまぁ、子分じゃな。剣山に住む動物は皆わしの子分なんじゃ。そいつがの、怪我を手当てしてくれた礼に、何か一つおんしの願い事を叶えてやってくれとわしにせがんできたんじゃ》
「ゴン太が?」

 楢崎は胸に抱くキツネの愛くるしい顔を見つめた。キツネがケーンと高い声で鳴く。

「……鶴ならぬキツネの恩返しかよ。日頃から善行は積むもんだぜ」
《それで?ちゃきちゃき叶えてやるき、早よ願い事を言っとうせ》
「えぇっ?急にんなこと言われてもなぁー……」

 楢崎は小ギツネをパフパフと叩きながら、思案にくれまくった。

(どうしよっ。俺ガキん時はよく「もし俺がドラ×ンボール7つ集めたら、神龍にこんな願い事叶えてもらうぜ!」とかダチと話しあったりしてたんだけどなー。いざとなると思い浮かばねーもんだなー。ってかあの頃の願いなんて「ガッコーぶっ潰してほしい」とか「スーファミの新しいソフトがほしい」とかそんなんばっかだったから今じゃちっとも役に立たねーんだけどよぉ。……にしてもあの頃の俺がまさかウン年後にユーレイになって人の体に憑依して超能力で毎日ゲリラ戦繰り広げてるなんて夢にも思わなかったのになー。人生まったく何が起こるか分かったもんじゃねー……)

《おーいまだか〜?》

(きっといつか本当の人生の終わりってのも、俺が思いもよらなかったような形である日突然やってくんだろーなー……。いっそ自分の未来でも見してもらうか?いや、でも……うぅ〜〜ん。……やっぱやめとこ。でもするとどーしよ?まさか月並みにピ×フとかレッド・リ×ン軍みたいに「世界を我が手にぃぃ〜」とか言うわけにもいかんしな。ん?待てよ?ド×ゴンボールの願いの定番と言えば、生き返らせじゃねーか!そうそう、孫×空だってラディッ×とかセ×とかとの闘いで死んで生き返ってんじゃん!そうだ、俺の体を生き返らせてもらうっつーのどうだ?どうだ?うおおーそれイイ!俺って滅茶苦茶冴えてんじゃねーか!)

《さっさと決めんとこっちが勝手に決めるぞ〜》
「ああっ、はいはい!決まった決まった!」

 楢崎が勢い込んで言った。

「あのなっ、シェンロ……じゃなくて神狐っ。俺の生前の元の身体を生き返らせて欲しいんだ!出来るか?」

 神狐は一瞬間を置いて、答えた。

《出来ん》

 楢崎はショックのあまり、胸の中の小ギツネを抱きしめた。

「なんでッ!?」
《いや、正確には出来んということは無い。決して不可能ではない》
「んじゃイイじゃん!やってくれよ!」
《しかしな、確かに理論上は「反魂の術」を使えば死返りすることも不可能では無いじゃろう。じゃがリスクが大きすぎる。相当な修法を執り行わねばならん》
「相当って?裏四国呪法ぐらいかっ?」
《そこまではいかんが……。それに成功率も極めて低い。よしんば上手く生き返っても、そう長くは生きてはおれん。一年も経たぬうちに再度の死を迎えるじゃろう……そこまでしておんしは自分の身体を生き返らせたいと思うか?》

 思うっ、と言いかけて、楢崎は思いとどまりゆっくりと口を閉ざして、唇を噛んだ。
 確かに自分の体に未練はある。出来るのなら、この、自分を殺した友人から奪い取った体などよりも、あの懐かしい自分だけの体に戻りたい。
 戻りたいが……。

「……マンガみてーに上手くはいかねーんだな」
《楢崎……》

 俯いた楢崎に、神狐が赤い瞳で見つめてきた。
 楢崎はちょっと苦笑して返す。

「別にいーよ。そこまでして欲しいわけじゃねぇから。いまのままでも不便はねぇしな。……つーとどうすっかな。願い事。なかなかいいのが思いつかねーんだよ」

 楢崎は再び思案に暮れた。神狐が黙って待っていると、数十秒後、彼は突然「決めたっ」と声をあげて、神狐の方を振り向いた。

「いいか?願い事言って」
《どうぞ》
「うしっ。あのな俺、仰木隊長みたいな人になりてーんだ」

 神狐が眼を瞬いた。

《仰木っちゅーと、あの今空海のか?》
「そ。俺ああいう人に憧れてんだ。むっちゃ強ぇし、決断力も指揮力も抜群だし仕事もバリバリできるし、すっげカッコよくてその上優しくて、みんなから好かれて慕われて……それに何より」

 楢崎の脳裏に思い浮かんだ、一つの面影。
 それに誘発されて、とあるとんでもない記憶まで甦ってきたので、楢崎は「うわわっ」と慌てて両手を振って掻き消した。

《何より?》
「う、ははっ。何でもねーや。とにかく俺、仰木隊長みたいな男になりてーの!頼む!これが今の俺の一番のおねがい!」

 パンッと両手を合わせた瞬間、小ギツネが腕から落ちた。小ギツネはひゅるりんっと見事な着地を見せると、神狐の体に駆け寄った。

《解った。『仰木高耶のようになりたい』で良いんじゃな?しかと承った》

 そう言って神狐はニーッと笑うと、途端に赤い瞳がキラリッと光り、真白い全身が白銀に激しく発光したかと思うと、その光を見つめているうちに楢崎は次第に意識が遠くなり、結局最後まで何だか分からなかった白いモコモコした地面が、視界の果てに遠く落ちていくのを感じて、静かな眠りの旅に落ちて行った……。


 この願いが後日、己の身にとんでもない苦難をもたらすハメになるなどとは、楢崎は知る由も無かった。





to be continued.....
2003/7/23




平成15年度高耶さんお誕生日記念小説

30000hitリクエスト小説

「キツネ」シリーズ番外編の、
「夏草や キツネと楢崎 夢の跡」です。
30000hitゲッターのともみ様、大変お待たせいたしました。
リク内容が、「キツネシリーズで、楢崎か卯太郎の願い事」とのことでしたので、
楢崎の願い事にさせていただきました。
何を隠そう私、かなりの楢崎ファンですので。
「キツネ心と秋の空」が未完結なので、第三弾を出すのはちょっと忍びないのですが。
一応この話は「秋の空」より後日の設定です。
楢崎が主人公ということで、番外編。
直高以外が主人公の話は初めてなので、
調子に乗ってバンバン色々書いちゃいました。
だって楢崎書くの楽しいんですもん。
けっこう矛盾点が多いのですが、そこら辺はあまり気にしないでやってくださいね。
今回ちょっと神狐のヒミツが明かされました。
そんなに由緒正しきキツネだったとは……ビックリ(笑)。
この神狐さんは他にも色々すごい秘密を持っているのですが、
いつ明かされるかはかなり不明……。
ついでに、高耶さんの誕生日ともちゃんと関係してますのでっ。

さあ、楢崎の願い事はいったいどのような形で具現されるのか?
苦難が待ち受けていることには間違い無さそうですが(笑)。
頑張れナラッチ!いつでも私はあなたの味方だ!