+++The Peaceful Place+++
written by Sayaka
T 人口増加のために人類が宇宙へと旅立って早数百年。人間は次々と新しい宇宙航法を編み出し、太陽系から遥か遠く離れた星系まで驚くべき短期間で往来が可能になり、活動拠点、生活地として多くの植民星を手に入れた。 ここは太陽系にある人類の本拠地・地球から最新のワープ航法で六ヵ月かかる、現在最も遠い星・レルーア星。この星は半年程前に発見され、植民星計画が進行中の星である。 人間が生活するのに適正な地球とよく似た大気を持つレルーア星は、連合軍司令部のステーションが三箇所設けられている。そこに連合軍司令部から派遣されていた士官が反乱を起こし、新たに派遣された司令官が鎮圧したのは数日前のことである。その際に占拠されていた第一ステーションは、未だに騒然としていた。それもそのはず。反乱に加わった兵の総数は、ここ第一ステーションの兵士の半数にも上り、首謀者は捕らえられたものの、一般兵には何の音沙汰もなかったからである。 焦らされれば焦らされるだけ、結果が怖くなる。いつ沙汰が下るか分からないという見えない恐怖が、兵士たちの間に充満していくのにそう時間はかからなかった。 加担していた者たちは、欲に目が眩んだ己を恥じる者あり、部屋に篭って祈る者あり、こうなりゃ何でも来いと腹を括って開き直っている者、同僚に泣きつく者、司令官に媚を売ろうとする者、やけ食いに走る者、奇行に走る者、などなど実に様々である。 「こうなると、人の本性が現れるな」 と、司令室のデスクに肘をついて溜息をつく青年。まだ十八という年齢のこの青年は、数日前にレルーア星の司令官に着任した、上杉景虎大尉だ。 軍人である割に華奢ともいえるそのしなやかな身体に、濃灰色の上着が良く似合っている。その上着のグレーよりも濃い、漆黒の髪と瞳。司令室に積み上げられた捧げ物の数々――賄賂ともいう――を呆れたように眺める瞳は、戦闘中には強い意志を宿して輝く。たった数日前に見たばかりの惹き込まれそうな瞳を直江は心に思い浮かべる。 「仕方ないでしょう。あなたがあまりに焦らすものだから、加担していなかった者たちまで浮き足立ってきましたよ」 第二ステーションの司令室の副官用デスクから、最近ここの司令室の副官用のデスクに引っ越してきた男は、暗に「そろそろ潮時じゃないですか」と言ってくる。 景虎は献上品の山から視線を外し、軍人にしては温和な笑みを浮かべる男に目を向けた。 色素の薄い髪と瞳。景虎と同じ仕官の軍服を身に纏い、きっちりと黒のネクタイを締めたその姿は、禁欲的なイメージを見る者に与える。 第二ステーションの責任者であった三浦は、先の第一ステーション乗っ取りの主犯者の一人として、現在拘禁されている。よってその副官だった直江が責任者になるのが自然な流れだったが、景虎は第二ステーションから責任者がいなくなるのを承知していながら、直江を自分の副官として第一ステーションに呼び寄せた。 直江は今まで上官になった人間がどうして放って置いたのか知らないが、書類などの実務においても戦闘においても非常に有能な男で、多少仕官の配置に偏りができても、片腕にするのに指名して良かったと、景虎は内心満足している。(ちなみに、第二ステーションの責任者には、長秀の副官だった竹俣中尉が抜擢された) 「特に処罰するつもりもないから、焦らすのを処罰代わりにしたんだがな」 あれだけの人間、処罰する方が大変だ、と景虎は溜息をつく。 「いっそのこと何らかの罰があった方が楽だ、と思えるほど参っている者たちもいますよ」 「軟弱な奴らだな。かと思えば賄賂を貢いでくる奴らも数知れないし」 受け取ったんですか?と訊く直江に景虎は首を横に振った。 「この司令室の前に積み上げたり、オレの部屋の前に、まるで内気な女みたいに無記名で置いてあるんだ」 「無記名で、ですか?」 「ああ。初めの内は名前付だったんだが、オレが礼を上乗せして送り返してからは無記名になった」 一体どんな上乗せがあったかは、押して知るべしである。 「個人的に許してもらえなくてもいいから、少しでも心象を良くしようと思っての健気さと見えないこともないが、ここまで続くと腹が立ってくるぞ」 「何かあったんですか?」 かなりご立腹の様子の景虎はギッと眼差しを鋭くし、 「あった所の騒ぎじゃねぇよ」 ダン、と拳でデスクを叩いた。明らかに不穏な空気だ。それでも、聞かないともっと事態が悪くなると本能的に察知した直江は、景虎の話を促す。 「一体何が?」 「オレが私室にいると、決まって扉の外から微かな物音と人の気配がするんだ。誰か来たのかと思って外を見るだろ?ところが誰もいない。不思議に思って辺りを見てみたら、扉の外にいかにも不器用なヤロー共が結びましたって感じのリボンでラッピングされた可愛らしいプレゼントが置いてある。それに無記名の手紙が必ずついてんだ」 それがこれだ、と景虎はこれまた可愛らしい封筒を直江に投げてよこした。直江は景虎に目で促されるままに、封筒から手紙を取り出して読み始めた。 「これが昼夜問わず数十分おきに起こるんだ。さすがにこんだけやられるとオレも気になって差出人をとっ捕まえようと張ってたんだが、どうなってんだか、ちっとも捕まりゃしねぇ」 しかもプレゼントだけはしっかり置いてってやがる、と景虎は普段よりガラの悪い口調で悪態をつく。 一方、手紙を読んでいた直江はというと……実に形容しがたい複雑な表情を浮かべている。怒っているのか、笑うのを堪えているのか、困っているのか、実に判然としない微妙な顔だ。 「読んだか?」 ええ、と直江が頷く。 その手の中にある可愛らしい淡いピンク色の便箋には、下手な字を精一杯キレイに書こうと努力した、それでもやっぱり汚い字が並んでいる。便箋とマッチしない字面は、まぁこの際良しとしよう。問題は中身だ。その中身は、あの景虎をも十秒ほど石化させた素晴らしい物だった。 要約するとこうだ。先日第一ステーション奪回に来た景虎の活躍の様子が事細かに、まるで小説のように描写されており、それにいちいちコメントやら賛美の言葉やらがついてくるのだ。それも描写と言っても、銃の構え方から撃ち方、その時の体勢、表情まで恐ろしいほど事細かに描き出されているのだ。一体そんな情報をどこから集めてくるのか。過ぎたるは及ばざるが如し。それはもう感嘆を通り越して気色悪い。 「これがここ一週間、毎日毎日数十分おきに送られて来るんだぞ。それも全部違う筆跡で」 故意に変えた筆跡ではないそれはつまり、これが一人の仕業ではない、ということだ。 「このオレが徹夜で見張ってんのに捕まえれねーなんて」 不覚だ、と頬杖をつく景虎の目元にはうっすらとクマができている。 「内容は毎回違うときてるし、量がハンパじゃない」 ちょっとこっち来い、と手招きする景虎のデスクに直江が近づくと、景虎は両手で抱えるほどの大きな箱を差し出した。中は溢れんばかりの手紙の山、山、山。 「ここ四日くらいは、オレの最近の動向全部書き立ててくるようになった」 「読め」と促す景虎に従い、直江は適当に選び出したオレンジ色のチェック柄の封筒に入った手紙を読み始めた。 『P.M.10:30 司令室から私室へと戻る大尉。その足取りは普段のきびきびした足取りよりも幾分重く、目元にはうっすらとクマが見受けられます。寝不足でありますか?赤く潤んだ瞳は大変素敵ですが、やはり力の漲った毅然とした眼差しが一番お美しい。どうか睡眠はしっかりとお取りになって下さい。 お疲れのご様子でありますが、艶のあるさらさらな黒髪をかき上げる仕草や私室の暗証番号を入力するしなやかな指はとてもお美しい。おや、左手首に小さなほくろがあられますね。不覚にも今まで気づきませんでした。でもご安心下さい。このことはしっかりとデータに記載しておきますので。 大尉は部屋に入られる前に、しきりに辺りを見回しておられましたね。もしや私を探しておられたのですか?光栄であります。姿を現したいのは山々なのですが、自分ごときがあなた様の前に立てるはずがございません。本当に申し訳ありません。ですが、こうして自分はいつもあなた様の側におりますので。 そのように油断なく辺りに眼を配るご様子はとても凛々しくあられます。強い光を宿す漆黒の瞳。鋭い眼差しも大変素敵であります。 そして、大尉は小さく溜息を疲れてお部屋に入られました。扉がスライドして閉まる直前に見えたのですが、大尉は私室へ入られると、余程疲れていらっしゃったのか、そのままベッドへ横になられました。どうか着替えてからお休みになって下さいね。僭越ながら、自分が大尉の上着をクローゼットにしまわせて頂きたいと思ってしまいました。もし身の回りの雑用係が必要ならば遠慮なくお声をかけて下さい。 それでは、短いですが今日の所はこの辺りで失礼させていただきます。どうぞごゆっくりお休みなさいませ』 「…………ッ」 手紙を読み終えた直江の手が小刻みに震えている。手紙を持つ手に力が入り、便箋はよれよれになった。 (おまえらはストーカーか!) 思わず心中で直江は叫んだ。 ストーカー。数百年前から地球に出現した犯罪者の名称だ。それが犯罪として逮捕されるようになっても撲滅はならなかった犯罪の一つは、脈々と今も残っているようだ。 これで景虎を隠し撮りしたり、通信機に悪戯通信を送ったりすれば、立派なストーカーだ。(すでにれっきとしたストーカーだが) 「クソッ。そんなにオレを追い出してーのかよ。オレはぜってーこんな脅しなんかに負けたりしねぇからな!」 怒りのボルテージがマックスに達している景虎は、声荒く宣言する。 (これが……脅しですか……) これはどっからどう見てもストーカーの手紙だ。ストーカーといえば、自分の好きな相手をつけ回す輩のことだ。わざわざ嫌いな人間にこんな手間暇をかける物好きなど存在しないが、景虎にはどうも肝心なところが分かっていないようだ。 この行間から溢れんばかりに滲み出てくる行き過ぎな好意も、景虎には全く伝わっていない。それどころか、景虎には悪戯をも越えて脅しと取られている。これでは書いた方も報われないだろう。が、事情は分かっているが、そんな奴らに情けをかけてやるほど、こと景虎に関しては心の広さを持ち合わせていない直江は、彼らの暑苦しい想いをあっさりと無視して景虎の思ったままにしておくことにする。 「景虎様、この手紙は全て目を通されましたか?」 その不愉快な手紙を封筒に戻して箱に放り込んだ直江は、全身に不機嫌なオーラを纏った景虎に問い掛ける。 「いや、途中で嫌気がさして見ていない」 「ならば、それの処分を私に任せてくださいませんか?」 この場に非常にそぐわないが、直江はにっこりと笑んで見せた。 その申し出は景虎にとって願ってもないことだった。 「ああ。一刻も早くこの山をオレの目の届かない所へ持っていってくれ。―――間違っても長秀には渡すなよ」 景虎は怖い目でしっかり釘を刺すのを忘れない。 確かに、長秀なら爆笑しながら読み耽り、その後全員の前で朗読するくらいのことはしかねない。 「もちろんです。あいつに渡すとどうするか分かりませんからね(これ以上景虎様のプラーベートな情報を公開するわけにはいかない!)」 その直江の答えに満足したのか、景虎は珍しくにっこりと笑ってみせる。 (一体誰がこんな物を……調べておかなくては) 景虎の笑みに見とれながら、直江は堅く心に誓う。 ストーカー集団全員に恐怖のメールが届いたのはその日の晩のこと。たった数時間で犯人(ホシ)を全員挙げた天才的な手腕の持ち主の上官を守ろうとする決意は只ならぬものである。その夜、下士官と一般兵の生活する居住区で複数の絶叫が轟いたという。 U 「今日召集をかけたのは他でもない。先のステーション乗っ取り、及び報告書偽造の件についてだ」 全士官と兵士に召集をかけた景虎は、部隊ごとに整列した一同の前に立ち、開口一番にそう口にした。 途端、張り詰めた空気が辺りに満ち、その計画に加担した者もしなかった者も、一様に息を呑んで景虎を見つめる。 景虎の後ろに控える直江は、緊張に固まる全員に油断なく視線を配る。 「今からその処置を伝える。まず主犯であった第一ステーションの開崎大尉、結城中尉、第二ステーションの三浦中尉、以上の三名は、今回の報告書と共に本部へと護送し、指令を仰ぐことになる」 おそらく軍法会議にかけられることになるだろう、開崎、結城、三浦の三人は現在拘置房に拘束されている。 これは予想できたことだけに、皆張り詰めた息を吐くこともなく、声一つ上がらない。 「続いて、この三名に加担した九十四名の者達だが―――」 景虎は言葉を切って、不安そうな面持ちの数々を真っ直ぐに見据える。 思わず手を祈りの形に合わせる者も、全員が景虎に視線を向ける。 「処罰は―――なしだ」 一瞬の間の後、どよめきが漏れる。 安堵の溜息、喜びの荒い呼吸、取り越し苦労の疲れの吐息。中には、処罰を受けることを覚悟していた者もいるようで、肩透かしにポカンと口を開く者までいた。 しかし、しかし。景虎の表情は緩まない。 笑み崩れる輩を鋭い眼差しで一瞥し、待ったをかける。 「だが、こんなことは二度となしだ」 厳しい声音に、ピタリ、と喜び合う動きが静止する。 「地球にこんな諺があったな、「仏の顔も三度まで」。だが残念なことに、オレは仏じゃない。オレは、三度と言わず二度目は許さない。もし、ここにいる誰かが今度また同じようなことをすれば、軍法会議にかけるまでもない。……このオレの手で」 ――――殺してやる。 そう囁いた景虎の声は、静まり返った空間にやけに響き渡った。 後ろに控える直江には景虎の顔が見えない。でも、彼がどんな表情(かお)をしているのかは、何となく分かる。 唇に淡い微笑を浮かべ、これ以上ないくらいに研ぎ澄まされた眼差しで一同を見据える姿が、ありありと目に浮かぶ。 もし、今度同じようなことが起これば、景虎は一瞬の躊躇いもなく裏切り者の額に押し当てた銃の引き金を引くだろう。だが、その時彼は何を思うのだろうか。 (景虎様………) 全員が凍りついた様に景虎の顔を見つめる中、直江だけが、景虎の堅く握り締められた右手を見つめていた………。 *** 広い司令室に、カタカタと淀みない音が響く。 景虎は、司令官のデスクに乗っているパソコンのディスプレイを見つめながら、流れるような滑らかさでキーボードを打つ。 パソコンが発明されてかなりの年月が経過した。その間に小型化や高機能化など、様々な進歩を遂げてきたパソコンであるが、それなのにどうして未だ手動の入力をしているか、と疑問に思うかもしれない。実際、入力方法にはいくつかのパターンがある。声に出して認識させる音声式入力(これは短い文は良いが、長い文章になると喉に負担がかかるため、あまり使う者はいない)、使用者が頭に思い描いた言葉などを電気信号に置き換えて表示する方法(これはヘッドギアを装着しなけらばならず、その上ある程度の訓練をつまなければコンピュータに上手く思考を読み取らせることができないため、使う者は極稀だ)、また、人工知能を搭載している場合はそれに指令を送って文章化するなどの方法(これが最も多く使用されている)がある。だが、景虎は人工知能を介して入力するのがあまり好きではない。一度、宇宙船任務で乗り組んだ時、運悪く搭載した人工知能が狂ってしまい、危うく帰れなくなる所だったのだ。それ以来少し神経質になってしまって、使わないで済む時は出来る限り敬遠してしまうのだ。もっとも、人工知能が狂うなど、ほとんど在りえないというくらい珍しいことだったのだが。 と、いうわけで、景虎は手動で入力しているのだ。 そしてもう一つ珍しいことに、景虎はノンフレームの眼鏡を着用していた。視力が悪いわけではない。むしろ逆だ。最近の眼鏡は優れもので、疲れやすい眼を保護するためのものもある。景虎がかけているのは正にそれだ。 かなり長い間キーボードを打つ軽やかな音が響き渡っていたが、ようやく景虎は動かし続けていた手を下ろし、かけていた眼鏡をデスクの上に置いた。すかさず直江が熱いコーヒーを差し出す。 「終わりましたか?」 コーヒーカップを受け取った景虎が頷く。 「お疲れ様でした」と告げる直江に眼で返事をした景虎は、満足そうに温かいコーヒーを口にする。 景虎が打っていたのは、先の事件に関する報告書だ。直江が作成して景虎に提出したものを景虎が修正していたのだ。景虎と共に事件を解決させた直江が作成した物だから間違いはないはずなのだが、景虎はかなりの量、修正を施していたようだ。 一体何をそんなに修正していたんですか、と直江が、背凭れに背を預けた景虎の隣からディスプレイを覗き込んだ瞬間。 二人の左腕の通信機がピー、と独特の甲高い音を発する。幹部召集の合図だ。 景虎のデスクにある緊急時を知らせる赤いランプは点灯しておらず、けたたましい緊急警報は鳴っていないから、前回ほどの大事ではないのだろう。だが、何だか嫌な予感がする。 即座に飲みかけのカップをデスクの上に置いた景虎は、立ち上がる。 「直江、行くぞッ」 風のように司令室を出て行った景虎の後を追い、直江も管制室へと走り出した。 ドアロックに素早くパスワードを入力し、照合確認のピ、という音をたててドアが滑らかに開くのももどかしく、管制室に飛び込んだ。中では、通信部の吉江軍曹と中川少尉、堂森伍長が待機して二人を待っていた。 「何が起こった」 素早く中心の画面に眼を走らせながら景虎が問い掛けると、 「約十二分前に、所属不明の宇宙船がレルーア星の地表に不時着した模様です」 当直だった吉江が景虎の見つめているスクリーンを指し示す。 映し出されているのは、まだ荒い岩石の地面が剥き出しになっているレルーア星の地表に、銀白色の宇宙船が不時着している映像。戦艦よりは幾分小さめのそれは連合軍のものではない。 「あのような型の宇宙船は見たことがありません」 と機械に関しては腕前と知識に覚えのある中川。 「あれは、太陽系で開発された最新鋭の宇宙船SHV型だ。航行スピードは従来の1.5倍、新開発のワープ機能と20センチ口径のレーザー砲を搭載した、まだあまり流通していない物だ」 それがどうしてこんな所に、とは思わない。おそらくは開崎たちがルースを売りさばくために連絡をつけた連中だろう、と景虎はあたりをつける。 ルース。太陽系に程近い惑星で発見された、合金よりも何よりも強固で、加工に適した性質を持つ金属。宇宙船の材質に適したそれは重宝されたが、希少であり、価値が高い。それがこの星の地質に多く含まれていることを知った開崎たちは、偽の報告書を提出し、売りさばこうとしていたのだ。 「長秀、聞こえるか?」 景虎は第三ステーションの長秀に通信をつなげる。 「イエス・サー」 人前では敬意を払ってみせる長秀が、悪戯っぽく答える。 「あの宇宙船の所有者が分かるか?」 「現在検索中で、あと数分もあれば分かると思われます」 相変わらず素早いな、と褒める景虎に、光栄です、と優秀な部下を演じてみせる長秀。 「戦闘機F9型をいつでも出撃できるようにしておけ。もっとも、最新鋭にどこまで太刀打ちできるか分からないが」 景虎がちらりと隣を見ると、直江も全く同じ指示を第二ステーションの竹俣中尉にしている。 「アイ・アイ・サー。お言葉ですが、すでに優秀な部下が準備をしておりますので」 人を食ったような長秀の言葉は、こんな時でも余裕がある。と、長秀が手元のパネルを操作していたかと思うと、にっと笑みを浮かべて顔を上げた。 「所有者が分かりました」 通信を切った直江も長秀を見つめる。 「大友宗麟の部下、一万田鑑実」 あいつらも厄介なトコに持ちかけやがって、という楽しそうな小声の悪態が聞こえてくる。 その答えに、二人の背後の吉江と中川、堂森はサッと顔色を変えた。 「大友宗麟……っ」 レルーア星から最も近い、アスク星系の大物政治家だ。裏では色々やっているらしく、連合軍本部とも太いパイプを持っているらしいともっぱらの噂だ。しかも一万田は宗麟の腹心だ。おそらく、この件には宗麟自身も関わっているだろう。宗麟が関わっていることの何がマズイかと言うと、たくさんある。アスク星系は富豪の多い裕福な星だ。未だ開発途上のレルーア星の戦力的にも財政的、設備的、政治的にも敵にまわすのは苦しい。その上、大友宗麟を敵に回すということは一番近い星系の軍を敵に回すのに等しい。それが一番のネックだ。宗麟が本気になれば、地球から応援が来る前に(来るかどうかは甚だ不明だが)こちらを壊滅状態にすることも不可能ではない。 仕方ないな、と景虎が溜息をつく。 「まぁ、あの男なら、部下を叩きのめしても怒り狂うことはないだろう」 部下を殺されても逆上はしないだろうが、その後はおそらくルースを手に入れるために本腰を入れてくる。 「会ったことがあるんですか?」 すかさず訊いてくる直江。 ああ、と景虎は頷く。 景虎は、一度だけ宗麟に会ったことがあった。アスク星系に政財界の重鎮を送り届けるよう指令を下された時のことだ。 「終始しゃべらなかったオレの何が気に入ったのか知らないが、部下にならないかと誘われた」 「……断ったんですね」 受けていたらここにいるはずがない。 「もちろん。でもかなりしつこかったな」 景虎はそんなに気にしていない風だが、直江は内心怒りで引きつっている。 (この人を部下にしたい?) この誰にもへつらうことをしない、気高い人に。 誰よりも上に立つのが相応しい人に。 (自分の部下になれ?) そんな傲慢なことを考えるだけでもおこがましい。 直江の眉間に深い皺が刻まれる。 と、思考モードに入った直江を引っ張り戻すように、景虎が席を立つ。 「あんまりもたもたしてたら逃げられる。行くぞ、直江」 *** 今回の作戦も極めてシンプルなものだ。 『この星のステーションにある戦闘機であるF9型の1号機、2号機を使っての攻撃。3号機は逃げられた時に備えて待機。二機で攻撃を仕掛ける。 できれば生け捕りが好ましいが、生死は問わない。攻撃してきた場合は直ちに応戦すること』 これが今回の作戦だ。 迷彩柄の戦闘服に着替えた景虎と直江、堂森、染地他数名が1号機に乗り込む。3号機には長秀が乗り組んでいる。 染地が操縦する戦闘機の中で、景虎はレーザーガン(MGU)の調整をしつつ隣の直江に、 「一万田は、開崎たちが捕らえられたことを知っているのか?」 「それは分かりませんが、ここ十日ほど連絡が途切れたので、不審に思っているのは確かです」 答える直江のホルスターに収まっているのは、ステーションに備え付けてあるレーザーガンに中川が手を加えて発射速度を上げた、LGDWだ。ちなみに、先日直江が長秀から借りた景虎と同じレーザーガン、MGUは、今回は長秀も出撃するため借りられなかった。 「オレたちに気づいたな」 操縦席の画面に映し出される地上では、調査用に発掘したルースを積み込んでいた奴らが手を止めてこちらを見上げ、しきりに何か叫ぶ様子。 敵かどうか判断はつきかねないが、警戒しているといった感じだ。 攻撃してこないのはちょうど良い。最新鋭の宇宙船に攻撃されれば、いくらか装備の劣る旧型のこちらは圧倒的に不利だ。 「―――不時着と同時に攻撃を仕掛ける。全員位置につけ」 景虎が全員に声をかける。 大友方は人数も多い。奇襲で攻めるのが得策だ。 1、 3号機がほぼ同時に不時着する。 軽い衝撃。 「GO」 景虎の声に、一番手が、二番手が、次々に扉から飛び降りる。 一瞬反応の遅れた敵に即座に狙いをつけて引き金を引く。 辺りは一瞬にして戦場へと様変わりした。 レーザー音、呻き声、叫び、荒々しい足音。 総勢二十名が、大友に襲いかかる。 赤い光線が交錯する中、景虎はMGUを片手に一直線に宇宙船めがけて駆け出した。 「景虎様!」 景虎が、真っ先にこの危険な宇宙船を押さえておきたいのは分かる。分かるけれど、 (どうしてそうやって一人で……っ) 直江は内心責めながら、すぐさま後を追う。 景虎の実力を認めていないわけではない。ただ、ほんの数日前にも一人で無茶をした彼のことが心配でならないだけだ。 ロックされた扉の前で感じた、焦燥感。 開崎の腕に拘束されていた景虎。あの光景が目に焼きついて離れない。 彼がいなくなるかもしれないという不安。奪われるかもしれないという恐怖。間に合わないかもしれないという焦り。 カンカン、と硬質な靴音をたてて前方の景虎を追う。景虎は敵を出会い頭に打ち倒していく。こうも容易く侵入されるとは思わなかったのだろう。遭遇した相手は二人の姿を見とめて慌ててホルスターから銃を抜くが、それよりも先に威力を落としたレーザー光線が放たれる。 長い隔壁に囲まれた通路を、レーザーガンを隙なく構えて走る二人の来た道には、転々と倒した人間が転がっている。 「景虎様!」 ようやく足を止めた景虎に追いついた直江は、軽い安堵の息を漏らす。 「直江、しばらくの間援護しろ」 言うやいなや、景虎は一際大きく頑丈な扉――おそらくは、艦橋の入り口なのだろう――の開閉パネルに接触を始めた。 船橋や艦橋は、動力炉と並んで宇宙船の主要部であるため、侵入者に制圧されないよう、厳しいセキュリティが敷かれている。開くことができるのは、艦長、副艦長、操舵士、機関士、その他階級の高い者だけだ。それも、内側から開かない時は、登録された個体情報を入力しなければならない。関係者以外に開けられるわけはないのだ。 だが、景虎は自分の端末から開閉パネルに接続し、懐柔しようとしている。普通に考えれば無茶なことなのだが、直江は景虎ならばできると信じ、駆けつけてくる警備兵を倒していった。 P@――――! やがて、照合認知の電子音が鳴り響いた。 軽やかに扉がスライドして開く。二人は銃を構え、慎重に足を踏み入れた。 直江は銃口に囲まれることも覚悟したのだが、予想は外れ、広い艦橋には五人の人間しかいなかった。正面の椅子に腰掛けている中肉中背の男と、それを守るようにして控えている屈強な男が四人。 「お久しぶりですな、景虎殿」 景虎を見て、椅子に座っているトップらしい男が口を開いた。 「よもやこのような場所でお会いできるとは、思いもしませんでしたよ」 「それはこちらの台詞だ、一万田殿。開崎、結城、三浦を引き込んで、大友殿は何をなさるおつもりか」 そう言って景虎は一万田に銃口を向けた。俄かに殺気を帯びる警護の男たちを手で制した一万田は、銃口を向けられていることなど微塵も感じていないように笑ってみせる。 「それはあなたの方がよく分かっていらっしゃるのでは?ルースのような貴重な鉱物の存在を知った人間が、指を銜えて見ているはずはないということを」 「やはりルースが目的か」 「こんな辺境の星、他に得る物はありませんよ。義鎮様は、今度ケイサレート星の大統領選に出馬なされる。財源はあるに越したことがないでしょう?」 余裕たっぷりな一万田に、景虎はMGUの威力を殺傷レベルに上げた。 「そんなに死にたいなら殺してやらないでもないが、そうでなければ、さっさと部下を呼び戻して引き上げろ」 殺気を込めて低い声で言い渡す景虎に、一万田はまだ顔色を変えない。悠然と左手の時計を見やり、「そろそろだな」と呟く。 「何?」 訝しげに眉を顰めた景虎に、 「景虎様!」 背後から直江が叫んだ。 直江の示す眼前のスクリーンには、一機の戦闘機が映し出されている。それは、今回出撃させなかった第一ステーションの戦闘機F8型である。しかもあろうことか、F8型は、味方であるF9型を攻撃し始めたのだ。突然の激しい銃弾の雨に、白兵戦をしていた者たちは逃げ惑う。 「貴様、一体何をした」 景虎は、険しい眼差しで全てを知っているだろう男を問い詰めた。 「おや、あなたほどの人がまだお気づきになっていなかったとは。第一ステーションに私の配下の者を潜入させていたんですよ」 一万田の言葉と同時に、F8型から通信が入った。その画面に映し出された男は、 「長野!」 直江の配下の男だった。長野業正。第二隊を預かる少尉である。 直江は忌々しげに奥歯を噛み締めた。 (何たる失態だ) 最近部下になった者とはいえ、今まで気づかずにとんだ害虫を飼っていたものだ。気づかなかった自分に猛烈な怒りを感じ、拳を握り締めた。 そんな直江の心中も知らず、長野は報告を始めた。 「一万田様。開崎殿、三浦殿、結城殿を救出に行ったのですが、開崎殿は頑として拒まれて抵抗なされたため、動けなくし、三浦殿、結城殿だけをお連れしました。また、人質として中川少尉他二名を連れて参りました」 同時に映像が変わり、中川、楢崎、卯太郎の姿が映し出された。気を失わせた上、縄で拘束している。 「ご苦労。おまえはそこで待機していろ」 「分かりました」 そこで通信は終わり、元の画面に戻った。 「如何ですかな?景虎殿」 「き、さま……ッ」 眼差しだけで殺そうとするように、ギリ、と景虎は一万田を睨みつけた。 「銃を下ろしていただきたい。もし、私を傷つければ、三人の人質は儚い人生を終えることになりますのでね」 景虎はゆっくりと見せつけるように銃を握った手を開いた。同様に、直江もまた銃を捨てる。 「ルースを渡していただきますよ」 武器を捨てた景虎は、怒りを押さえるように一つ息を吐いて、 「ああ」 「そしてもう一つ。このせっかくのチャンスにあなたをみすみす逃すような真似をすれば、主君の怒りを買ってしまう。あなたにも来ていただく」 景虎と一万田の交渉を見守っていた直江は、その言葉に眼を瞠った。 「……何、だと……?」 そして次の瞬間には、猛烈な怒りが湧き起こってきた。いきり立つ直江を制し、景虎は「分かった」と頷く。 「景虎様!」 思わず直江は叫んだ。 自分の失態のせいで、景虎をみすみす攫われてしまうなんて冗談じゃない。多少の犠牲は出しても抵抗しようと心を固めた直江を止めるように、背後を振り返った景虎の眼と視線が合った。 (手を出すな。今はまだその時じゃない) そう言うようにかすかに首を振る景虎の眼に強い光があるのを見とめた直江には分かった。彼がまだ諦めていないことが。 「以前お会いした時に、主君はあなたのことが非常に気に入られたようで、事あるごとにあなたを連れてくるようにとおっしゃっていましてな。こうしてお会いできたのは丁度良かった」 べらべらと喋り続ける一万田を制し、景虎は短く言い捨てた。 「御託はいい。さっさとルースを積んで出発しろ」 → next page |