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景虎様ったら……四百年後の直江に一目ボレです!
そしてフツーにお姫様だっこをする直江。景虎様もドッキドキ。
ハッ、これってまたもや浮気ですか?N江さんっ。

晴家&藤は書いててとても楽しいです。
邂逅編ならではのキャラですしね♪
男らしい晴家ちゃんに複雑な心境の直江……プッ。

藤は私、かなり好きなんです。
直江に近づく女は問答無用で嫌いな私ですが、藤だけは特別。
なぜなら邂逅編での直江の唯一の味方だから……(泣)。
けど意外に「直江に近寄るな〜!」って意見の方、多いですよね。
しかも高耶さんファンに多いような……。
to be continued…
2002/10/11
3.

「何だというのだ……」

景虎は直江のいる部屋から退出した後、近くの川まで散歩に来ていた。
寒さで少し身が竦んだが、何となくあの男のそばに居たくなかったので、家を出て当ても無く歩いて来たのだ。

「一体……なんだと……」

景虎は土手にある一本の若木に背を預けながら、先程の様子を思い出していた。

(何なのだあの男……!)

明らかに直江の様子がおかしい。先程の、自分に上着を羽織らせたのは別にいい。前にもされたことはあったし、無論あの男にそのような振る舞いをされる筋合いは無いが、これと言って変わったことではない。
だが、一瞬合わさったあの瞳。あの眼が昨日までの直江とはまるで違うものであった。
冷ややかでろくに感情のこもらない人形のような眼ではなく、あたたかくて慈しみの込もった……そう、あの眼は……。

(同じだ……)

自分を愛してくれた人たち。父上や母上、氏照らの兄たち、養父謙信公、我が妻、道満丸……。
同じだ。あの者の眼はオレを包み込み愛する人たちのそれと同じ光を宿している。
それに重ねて、今まで誰の瞳にも見たことの無い、胸を熱くさせる激しい何かを伴っていた……。
信じられなかった。直江の、あの男の眼があんな光を宿すなど、とてもじゃないが信じられない。
だがあの瞳と見つめあった瞬間に、景虎は思ったのだ。

“この瞳にずっと見つめられていたい”、と……。

見つめあったのはほんの数瞬だった。それでも分かった。十分感じた。誰かをそんな風に思ったのは生まれて初めてだった。
あの瞳が忘れられない。脳裏に焼きついて離れない。どころか、もっとたくさん見つめられたい……!

「馬鹿な……そんな、馬鹿なこと……っ」

よく考えろ。思い出すんだ、景虎。
あの男は長い間ずっと恨み続けてきた景勝方の最重要人物・直江信綱だぞ!
自分を殺した張本人だ。八つ裂きにしたって足りないぐらい憎い相手だ。
たとえ命を救われた相手だとはいえそれは変わらない、消せるわけじゃない!
だからあの男があんな眼差しを自分に向けるわけがないのだ……。何かの間違いだ。そうに決まっている……!

景虎はあまりのことに半分錯乱状態に陥った。

「あんなもの……本当であるはずが……っ」

その時。

「景虎様」

自分を呼ぶ声に景虎は振り返る。……そこには。

「どうなさったんですか……」

そこには長身の武芸者──直江信綱が立っていた。
その瞳には、先程と同じ光が灯されていた。
胸を熱くさせる、激しい光が……。

「直江……」

二人は暫し無言のまま見つめ合った。
直江の色素の薄い瞳。

(間違いなどでは……ない)

景虎は完全に硬直した。絶句して、二の句が接げない。
その沈黙を破ったのは直江であった。

「景虎様、こんなところで何をしているんです?」

直江が穏やかな調子で尋ねる。微笑むというわけでもないのに、その瞳は何かあたたかかった。

「何故ここが……?」

ああ、と直江は頷き、

「あなたの気配を追っていったんですよ。ここら辺は思念が澄み渡っていて霊査が行いやすいから、簡単でしたよ」

と、何のことはないという風に答えを返した。
思うことは山ほどあるが、一人で煮詰まっていても仕方がないと想い、直江は景虎の元へ来たのであった。

「……そんな身体で外をうろつくんじゃない」

その言葉に直江は己の首を押さえる。

「もうだいぶ傷もふさがっているようですから大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

景虎はそれを聞いて、何かいたたまれない気持ちになる。これ以上ここにこうしていたくなくて立ち上がろうとしたその瞬間。

「……ッ」

足首に鈍い痛みが走った。思わずしゃがみこんだ景虎のもとに直江が駆け寄る。

「どうしました」

足首を見ると、そこは赤く腫れ上がっていた。
実は先日、怨将との闘いの最中に景虎は足を捻っていた。今日はそういうわけで直江と共にあばら家にいたのだ。

「……薬が切れたようだな」

包帯の上から足首をさすり苦く笑う。混乱のあまり自分が怪我人であることすら忘れていた。

「その足では歩くのは大変でしょう」

直江はそう言うとおもむろに近寄って来た。何をするのかと様子を窺っていると、突然景虎の視界が反転する。
直江が景虎の身体を、いきなり抱き上げたのである。

「なっ……なっっ……!」

あまりのことに景虎は声も出ない。真っ白になっている景虎には構わず、直江はサッサと歩き出した。

「なっ……放せ!降ろせ直江!」

我に返って景虎は抵抗する。

「おのれ降ろせッ、無礼者!」
「大丈夫ですよ」

景虎の動きが止まる。予期せぬ言葉に直江の顔を凝視する。

「あなたを傷つける者は誰もいない。私もあなたを傷つけはしない」

見つめてくる直江の瞳はただ……深かった。海底の深淵のように深く、熱い炎を灯している……。熱い……。
肩が震えている。それが怒りから来るものなのか、もっと別のものなのか景虎には分からない。
搾り出すように言葉を紡ぐ。

「……何を言う景勝方。おまえはオレを殺した張本人だろう。今更オレに……忠誠を尽くすとでも言う気か……ッ」

怒りを込めて直江を睨みつけたが、直江の瞳は揺らぐことなく真っ直ぐに景虎を見つめている。足は依然として止まっていなかった。

「あなたは真実だけを見続けてください。他のものは見なくていい」

怒りを宿す景虎の瞳を美しいと思った。この人は四百年前から、こんなところは変わらない。

「私はあなたに嘘など言いません」

直江の瞳には、嘘偽り影など欠片ほどもなかった。
景虎にはそれが痛いほどに分かる。人一倍疑心暗鬼の激しい景虎は、人の心の真実を見抜くことにかけて、誰よりも鋭かった。
なおも睨みつける景虎に直江は言う。

「あなたに話したいことがあります。早く家に帰りましょう」

景虎は一瞬考えた後目蓋を降ろし、瞳の刃を収めた。

「分かった……分かったから降ろせ、オレはおなごではない」

直江はそれを聞いて、少し苦笑して景虎を下に降ろした。

「肩を貸します」

直江に腕を取られ肩に回されたが、景虎はそれ以上抵抗しなかった。
本来ならこの男とここまで密着することなど非常時でない限り許さないが、(直江でなくとも大の男との密着は遠慮したいのだが)何故かこれ以上抵抗する気が起こらなかった。

それからは始終無言のまま、二人連れ立ってあばら家への道を歩んだ。





二人が家に着くと、既に晴家と藤が帰ってきていた。

「景虎様、どちらに行っていらっしゃったのですか?」
「……川まで散歩に行っていた」

晴家の問いに答えを返しながら、景虎は囲炉裏のそばに座り、

「藤、足首がまた腫れだしたから、薬を持って来てくれぬか」

と足首を押さえながら晴家の隣に座す女──藤に話しかけた。

「はい」

藤は薬を取りに隣室に向かいかけたが、ふと直江の視線に気づき足を止めた。

「直江様……何か?」

藤の訝しげな問いに、直江は自分が藤のことをじろじろと見回していたことに気づく。だが視線は外さない。

「藤……か……?」
「はい、わたくしは藤にございますが……?」

ああ、と直江は頷いた。
先程まで「藤」という人物のことが分からずにいたのだが、顔を見てやっと思い出した。
確かに藤だ。いかな実体の本人に会うのは四百年振りとはいえ、名を聞いてもすぐに思い出せず、藤に悪いと思った。
あまりの懐かしさに、直江はなおもまじまじと見つめてしまう。藤の頬に赤みが差し、困ったように首を傾げた。

「あの……直江様……?」
「いや、何でもない……すまない藤」

直江に優しく言われ、藤は少し驚いた顔をしたが、用がないことを知ると片手で頬を押さえながら薬を取りに行った。

「何だ直江。おまえ藤に気があるのか」

晴家がややにやつきながら直江に言う。
晴家は玄奘蜘蛛の一件で藤の直江に対する気持ちを知っている。始めはなんという悪趣味かと思いもしたが、それが他ならぬ藤の願いなら叶えてやりたいとも思う。
当の直江はあまり晴家の方を見ようとはしなかった。
会う前から覚悟はしていたし、もともとこれが普通なのだと分かってはいるが、いかんせんギャップが激しすぎて正視出来ない。
せめて今の景虎の宿体ぐらいの男なら良かったのだが、筋骨たくましいきこりのような宿体では、門脇綾子と同一人物だと思うことは難しい。
思わずこの宿体で喋る綾子を想像してしまい、なお一層視線を合わせにくくなってしまう。

「それならそれで遠慮することはないぞ。おまえも死んだ人間だ。まさか死後までも浮気をするなとはお船も言うまい」

晴家は皮肉を込めて言う。
生前、城中で“直江の若夫婦は仲が良くない”という噂が飛んだことがあった。
直江の妻・船は、その美貌で城中でも有名であり、密かに想いを寄せる者も多かったのだ。
もちろん今の台詞は、その船が新たに樋口与六の妻となったことを知って言った台詞だ。

「別にそういうわけじゃない」

直江が何も動揺しないので、晴家は面白くなさげに口を曲げた。
直江にしてみれば、そんなものは四百年も昔の話だ。かえって生前の自分の妻などというあまりにも懐かしい名を出されて、なんともいえぬ感慨を覚えていた。

そこで藤が薬を持ってきて、景虎の手当てを始める。景虎は自分ですると断ったが、聞かすに藤は手当てを続けていた。
その様は恋人同士というよりは、世話焼きの姉と弟という感じであった。
直江は囲炉裏を隔てて向かいにいる景虎を見つめながら思う。
──確かに、これは四百年前の自分たちだ。もうほとんど明確な記憶は残されてはいないが、頬に傷を持つ自分の宿体、晴家の筋骨たくましい宿体、藤、そして景虎の宿体と自分への態度。すべてそのままだ。
首の傷も僅かだが覚えている。これは景虎を助けるために自ら斬った傷だ。今はあの事件から少し後の頃なのだろう。

(俺は本当に時を越えてしまったんだろうか)

幻覚ではない。自分でさえ忘れてしまったことがここまで明確に繰り広げられているのだ。コレはもう妖しなどではない。

(それなら……何故こんなことが起きたんだ)

何故なのだ。見当も付かない。自分に理由があるのか、自分で望んだことなのか。
ハッとして直江は息を止めた。──自分で望んだ……?

(俺が……過去に戻ることを……望んだ……?)

そんなことはないと頭の中ですぐさま否定するが、頭からこびりついて離れない。
本当にそうなのか、自分は現代で生き抜くのではなく、過去へ戻って逃げることを望んだのか……!?

(そんなことあるわけがないっ!)

絶対にありえない、それだけは死んでもないと誓える。だけどそれなら、どうして頭から離れない……。

(どうして……)

直江は囲炉裏の火を厳しい表情で見つめた。
この炎よりも赤い瞳を持つ、四百年間何よりも執着し続けたその人の名を胸の内で唱えながら……。


そんな直江を、景虎は無言のまま横目で見つめていた。
for your and my eternal happiness.

Someday, I will pray to the meteor