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高耶さん、悲壮な決意編でした。
やはり仰木隊長はいいですよねぇ。かっこいいですよね。

高耶さんは自分のことを「弱い人間だ」っていつも言ってるけど、
こうやって、何度絶望に打ちひしがれようとも
最後まで足掻き続けて、決して諦めないで信じ続けるところを見ると、
本当に強い人だと思います。
弱さを内包しながらも、それを奮い起こさせて強くあろうとする。
それはきっと、もともと強い人間が強く生きることより、
ずっと大変で、ずっと凄いことだと思うのです。

以前に、彼は自分がカリスマと呼ばれることを否定していましたが、
天賦の才を持つカリスマがカリスマであることより、
凡人がカリスマと呼ばれる存在となる事の方が、
ずっと凄いことなのではないでしょうか。

(十分高耶さんは天才だと思うけど…(笑))
to be continued…
2002/10/21
6.

「それでは仰木さんが起きた時には、既に橘さんは眠ったままだったんですね」

中川は確かめるように、高耶にもう一度尋ねた。
アジトの医務室には、開放された窓から風が入り込んできて、しきりにカーテンをたなびかせている。
高耶は窓際の椅子に座って、目の前のベッドに横たわっている直江を見つめていた。
カーテンの隙間から入る風が、二人の柔らかな髪を揺らしている。

「……ああ」

高耶は中川の問いに相槌を打った。
直江の身体はもう、本物の亡き骸のように冷たく固まっていた。顔は紙のように白く、頬に手を寄せても、ただひんやりとした感触がするだけで、かつてのぬくもりは完全に消失してしまっていた。

「おそらく仰木さんが目覚めた時にまだ橘さんに体温があったという所から、あなたの目覚めるほんの少し前に橘さんは仮死状態に陥ったものと思われます。ただ原因は未だ分かりません。霊査の結果では橘さんの身体に何らかの呪法が行われた形跡もありませんし、第一それならあなたが気づかんということはないでしょうから」

裏四国呪法を成した高耶は、四国で発生した事件を全て把握することができる。
四国中に張り巡らされた今空海≠フ分身が、四六時中結界内の主に霊的な情報を敏感にキャッチし、オリジナルの高耶の身に自動的に伝わってくるのだ。
遥か千年以上前に編み出された結界咒のシステムは、あらゆる現代ハイテク技術でも太刀打ちできない程の喫驚すべき完璧さを誇っている。それこそ蟻の子一匹の動きも見逃さない。
それゆえに、直江にもし何らかの咒が放たれたのだとしたら、高耶が気づかないということは絶対にありえない。
しかも直江は昨夜、高耶の隣に一晩中いた。高耶の証言によると、直江が部屋から出たりベッドから降りた様子もないという。

(まさかどこかの物語じゃあるまいし、仮死状態になる薬を投与されたっちゅうことはないでしょうね……)

確認しようにも、直江の身体を解剖するわけにもいかない。しかも、本当にそうだとしたら昨夜部屋に侵入するものは誰も無かったということから、直江自らが薬物投与したことになってしまう。
中川がそのことを告げると、高耶は、

「それはありえない」

と迷うことなく答えた。
高耶の瞳は既に、見る者を陶然とさせる強く揺るぎない光が宿されていた。
視線は直江に注がれたまま。

「この男は、何があってもこんなまねはしない。だから自分で薬物投与したという可能性は皆無だ」

その高耶の言葉を聞いて、今まで壁に背をもたれながら傍観していた嶺次郎は、高耶にこう問いかけた。

「橘自身の意志でこうなったっちゅうことは無いがか」

己自身で意識を封じたのではないかと。
高耶は顔を上げ、初めて視線を直江から外して嶺次郎を見た。
見つめてくる赤眼の強さに、まるで喉元に刀剣の切っ先を突きつけられたような心地がする。

「それもない。例えそれに沿う理由があったとしても、この男はその困難から逃げることなど決してしない」

そう言い放つ高耶の声はいっそ冷たく、その表情から心中の感情を窺うことは出来ない。

「どうしてそこまで言い切れる」

その問いに、高耶は顔を俯かせ、直江の額に視線を戻す。
他人の心の内など、そう解るものではない。いかな何十年共に生きた人間であっても、「おそらく……だろう」からは抜け出せないものだ。

(だけど……)
「この男が……直江信綱だからだ……」

他に理由など無かった。直江が自分と共に四百年生きてきたからではない。
自分は数年前まで、直江のことなどこれっぽっちも信用していなかった。
誰よりも信頼し、誰よりも疑い続けてきた。
だけどそれと同時に、誰よりも直江信綱という人間を知っているのは、他でもない自分だった。
直江のことなら何でも分かる。直江ならどう思うか、直江ならどうするか。
それでも信用することなどできるわけがない。人の心なんていつ変わるか分かったもんじゃない。明日には裏切られるかもしれない。次の時、次の瞬間にはもう背中を向けられるかもしれない。
自分は毎日怯えていた。直江に裏切られるのが怖くて、失うなんて考えられなくて、恐怖のあまり差し伸ばされた手も取ることができなかった。

いつも思ってた……その手を取る時は。
───その時は、オレ達の最期だと……。
でも今は。
今は違う。おまえが証明してくれた。刻み込んでくれた想いを……。
誓いを……。

「直江は、オレとの誓いを破らない……もう、二度と」

信じたい。おまえの、変わることなき想いを。二度と死にはしないと、もう離れはしない、独りにはしないと誓った。

──私は死にはしない
──何一つ隠すことのない、あなたへの証だ
コノ、左胸ノ傷痕ニカケテ───


確かめたいんだ。
おまえの想いの永遠を。
おまえの永遠を確かめることができたら、
その瞬間まで、
おまえを信じ続けることができたなら。
その時初めてオレは、
自分を……この、たった一つの己の魂を。
愛することができる……。


高耶はそっと、直江の左胸の上に手を乗せ、静かに目を閉じる。
嶺次郎はその言葉を聞き、もう問いかけることをやめた。
高耶のその言葉と、それと同時に見せたその表情だけで、それ以上問う必要など何もなかった。

「分かった……。まぁ橘のことはおんしと中川に任せる。原因についてはしばらく様子を見るしかないじゃろう。隊士達に昨夜から今朝にかけて何か異変が無かったか探らせてみるが、仰木に分からんのならまず手掛かりは出んじゃろう。……心配せんともしばらくしたら目が覚めるかも分からん。あまり根を詰めるなよ、仰木」

高耶はその言葉に、わずかに頷いた。
嶺次郎はそれを見て、中川を振り向いた。

「中川、行くぞ」

中川は何か言おうと口を開きかけたが、嶺次郎に目配せされ、その意味を読み取って口をつぐみ、後ろ目に高耶と直江を見ながら嶺次郎と共に退室した。





高耶は嶺次郎たちが出ていってから、微動だにもせず、目覚めぬ直江に繰り返し思念波での呼びかけを行っていた。
途中何度か中川や卯太郎らが様子を見に来たが、高耶は何も答えず、直江への呼びかけを止めることは無かった。
一日中こうしている。だが、未だに応答はない。

高耶はゆっくりと瞼を開いた。
もうだいぶ日は傾き、室内は薄暗い闇に覆われている。
日の光が弱くなったせいで、直江の身体の周りに淡い、ひどくはかない光芒の衣が見えるようになった。
直江を医務室に運んでからすぐに、高耶が張った結界である。
仮死とは言え、直江の身体は身体機能が停止しており、何の措置もなく放っておけば普通の死体と同じように腐敗してしまう。
それを防ぐため、直江の身体の時間を一時的に止める結界を施したのだ。
高耶は直江を包む光を見て、何か淡い既視感が呼び覚まされるのを感じた。
直江の顔を暫らく見つめていると、ふと、脳裏にとある場面の映像が立ち起こり、瞬間的に先程のデジャヴの正体を知った。

(ああ、そうか……)

高耶は懐かしげに目を細める。

(あの時と……少しだけ似ているな……)

あの時。──自分が北条に囚われ、封魂鏡の中に閉じ込められていた時。
と言っても、あの時は逆に自分が目覚めずに眠り続けていて、封じられた鏡の中から、自分はずっと直江を見ていたのだった。
今の直江と同じように、自分は箱根の霊威によって身体に結界が施されていた。
それは、人間が触れるだけで解けてしまうような繊細な結界で、仰木高耶の生命を繋ぎとめていた唯一のものだった。

(そう、それでおまえは……)

高耶は右手を直江の頬に寄せた。

(オレに触れてこの身体の命を奪ったんだ……)

高耶はその時の直江を思い出し、瞳を揺らす。

(こうやって……)

そのまま顔をゆっくりと寄せていき、唇を直江のそれに落とす。
直江の唇は氷のように冷たく、まるで人形に口づけているようで、高耶は己の体温を直江に移そうとするかのように、長い間重ね続けていた。

(直江……)

口づけは触れるだけのもので、いつもならあるはずのぬくもりや、歯列を舐り翻弄する舌や、重ねあうたびに漏れる互いの吐息や熱い囁きも何もなく、あるのは氷のような冷たさと、何も応えない唇と……ただそれだけ。
ゆっくりと高耶は唇を離した。そのまま直江を見つめ続ける。高耶の胸にひょっとしたらという期待が溢れる。
だがそんな高耶の想いとは裏腹に、いくら経っても直江が目覚めるような気配はない。
しばらくして、高耶は唇に自嘲の笑みを浮かべた。

(馬鹿かオレは……)

あまりの自分の愚かさに、笑いがこみ上げる。

(こんなことで……目覚めるわけがないだろう……)

本当に自分は、おかしくなってしまったに違いない。
こんな、こんなことに期待してしまうなんて。
「愛する者の口づけで目覚める」なんて、何の根拠もないただの御伽話にすぎないのに。こんなことに縋ってしまうなんて。
奇跡なんかに縋っていたら、何も掴み取れやしない。前になんて一歩も進めやしない。

(奇跡は与えてもらうものなんかじゃない。……自分で、そう、自らが切り開いて創り出すものだ)

信じ続ける。己が目指すものを、理念を、場所を。
信じることで奇跡を起こす。待ってるだけじゃ何もできない。何も起こらない。

おまえは信じていた。あの時、絶望しながら全ての終わりを。永遠の眠りを望みながらもおまえは信じることをやめはしなかった。生き続けることを、疑いなどしなかったんだ。
二人の最上≠ノたどり着く日が来ることを……!
だから奇跡は起こった。だからこうしてオレはここに在る。
おまえが救ってくれた命……。

(おまえがくれたオレのイノチ)

あの時おまえが永遠の理想郷ではなく、オレとの未来を選んでくれたことを、泣きたくなるほど感謝している……。
あの時眠ってしまった方が、本当は良かったのかもしれない。永久に離れることもなく、二人だけで眠り続ける……。あれ以上の幸福な終わりは無かったのかもしれない。
それでも。

(どんなにこの先つらいことがあっても……あの時選んだことを後悔することなど、一度だってないだろうよ……)

だってそうだろう?
あの時湖の底に眠ってしまえば、あんな悲しい思いをすることはなかっただろう。
直江を失った絶望のあまり狂うことも、この身の内に宿る魂核異常のために直江があれほどの、血を吐くような思いを味わうこともなかっただろう。
だけどその苦しみを凌駕してしまうほど……。

オレは嬉しかったんだ。おまえと分かり合えたことが。
おまえを初めて受け入れた時、オレはこの世に生まれ出でたことを、初めて感謝した。
生まれてからずっと、生きていることの罪悪感にもがき苦しみながら、生きていてごめんなさい=A生きていてごめんなさい≠ニ世界中に謝り続けてきたオレが、この大地に生まれ出でたことを、初めて感謝することができた。
そしておまえがこの世に生まれ出でたことを。おまえというたった一つの魂に出逢えたことを。
おまえと同じ時代に生まれ、同じ大地に生まれ、同じ国に住み、同じ言葉を話し、死して後に再びめぐり逢い、同じ時を過ごせたことを。同じ景色を見られたことを。互いに言葉を交わすことができたことを。誰よりも傍で永い時を、二人で在ることができたことを……!
この世界の全てに感謝した。きっとこの世の、歴史上の誰よりも。
あの時終わりにしてしまったなら、この想いを知ることはできなかった。
後悔などするわけがない……。

だからオレも信じ続ける……。生き抜くことを、そして確かめる。
──おまえの想いの永遠を!

(直江……おまえは死にはしない……。こんなところで死なせはしない……!そしてオレも死なない!)



for your and my eternal happiness.

Someday, I will pray to the meteor