back home next
to be continued…
2002/10/22
なんというか何と言いますか。
同じような描写でも「鉄筋」と「月」との形容表現の違いに、
愛の差を感じます(笑)。

兵頭はまだ外地方面隊ではないらしいです。
この「流星に祈る」を書いたノートの端っこに、
「早よ行けっ」と書いてありました(笑)。
他にも2Pほどページを遡ると、
「この二人は服を着てるんだろうか…」
との呟きが書かれていました。

ああ、それにしても〜。
この頃は兵頭が織田に寝返る日が来ようなどとは、
毛の先程も想像していなかったのに……。
私も兵頭のことを、その点においてだけは少なからず
信用していたということなんですね……。


7.

医務室にはしばらく静寂が取り巻いていたが、そろそろ日も没する頃になって、ドアが開くギギッという音により、それは破られた。

室内に入ってきた人物は、静かにドアを閉め、黙って部屋の奥へと歩み進む。
高耶は、直江が横たわるベッドを挟んで真正面で足を止めた人物に、ゆっくりと視線を移した。
その人物はちらと眠る直江を見て、再び高耶に視線を戻す。
投げかけられる瞳にあまり感情はなく、鉄筋か何かのように冷たく冴えていた。

「何か用か……」

高耶の言葉にその人物──兵頭は、なおも高耶から視線を外さぬままに答える。

「嘉田から橘のことを聞いて、様子を見に来たんです」

兵頭はつい先程中村のアジトから帰還したばかりであった。そして着いた早々に嶺次郎から件の事を伝えられたのである。
無論それには直江のことだけでなく、高耶のことも含まれていた。

「橘がこうなった原因は、何か掴めたのですか」

その問いに、無表情のまま高耶は答える。

「いや、今のところは何も。前日の橘の様子に変わったところは無かったし、呪法の類が発動された痕跡もない。思念波による呼びかけにも反応がない……」

その言葉を聞いて、兵頭はしばし考え、再び高耶に問う。

「橘が生きているちゅうのは、本当なのですか」

高耶は心もち声を低めた。

「あぁ、それは間違いない。肉体が死亡しているのに魂がまだその身体に残留しているということは、仮死状態にあるということなんだ。その原因を解決すれば橘は生き返るだろう。……ただし、あまり時間はない。今のところは結界で肉体の時を止めてはいるが、この結界は時が経つと肉体に吸収されて消えてしまう上に、同じ肉体に二度とかけることが出来ない。持って三週間程度だろう……それまでに橘を必ず目覚めさせる」

揺るぎなく強い決心を燃やす高耶の言葉を聞いて、兵頭の胸の中で何か不穏な揺らぎが立ち起こった。
高耶のその瞳に常には無い……決して自分には向けられることはないであろう、激しい炎を嗅ぎ取ったからだ。
兵頭はその事実を知覚して、急激に思考の温度が下がるのを感じた。

「……その必要はないのではないですか」

兵頭の言葉に、高耶は眉を顰めた。兵頭の両眼が限りなく冷ややかに光る。

「どういう意味だ」
「言葉通りです。何もそんな躍起にならんとも、一番手っ取り早い方法がある。仰木隊長、あんたはこんな事より他にやるべき任務があるはずです。こんな事に無駄な時間を割かず、一番効率的且つ簡単な方法で解決すべきではないんですか」

兵頭の放った言葉に高耶は顔を険しくし、

「……何が言いたい」

と剣呑な念を以って睨みつける。
高耶のその眼差しに動じもせず、ただ冷えた口調で兵頭は言った。

「橘の身体を完全に殺してしまえばいい。橘は換生者だ。何もわざわざ生き返らせんでも、そうすれば魂が解放されて新たに換生し、今すぐ目覚めることが出来る。それが最も良い方法だと……、っ!」

兵頭が言葉を途切れさせた。
いきなり高耶が立ち上がり、呼吸を置く間もない速さで兵頭に近寄り胸倉を掴み上げたのだ。
殴ってくるかと思ったが、高耶は動かず兵頭をそのままの体勢で睨みつけるだけだった。
だが兵頭は、高耶と視線が合った瞬間、比喩ではなく凍りつく。そのまま手足が金縛りにあったかのようにまるで動かなくなってしまった。
高耶はただ睨みつけるだけであったが、その底なしの混沌に満ちた、昏く苛烈な瞳に縛り付けられ、恐怖さえ感じた。不覚にも冷や汗が吹き出す。

「おまえには解らない」

まるで死神が降臨したかのような声だった。

「オレと、橘義明≠フ歴史を知らない人間が……、この身体のことで口出しすることを許さない」

かつてこの男を求めすぎて、まるで違う人間に「橘義明」を見ていたこともあった。
それほどまでに求めた。
この尋常でない恐るべき狂気の事実を兵頭は知らない。だから。
解るわけがない。

兵頭は何も言葉を発することができなかった。
《力》が縛られているわけでもない。なのに身体は動かず、次々と浮かぶ問いかけも唇に乗せることができない。
しばらく二人は何も言わずに止まっていたが、ふいに高耶が兵頭から手を離し、一歩後ろに引いた。
その途端に、高耶が唇の端を吊り上げて艶然と微笑したのを見て、兵頭は今度こそ双眼を見開いた。
だがそれは一瞬のことで、すぐに元の表情に戻ると、高耶は抑揚無く言い放つ。

「用が済んだならもう戻れ」

そう言って踵を返し、元いた椅子へと腰を下ろす。
高耶が視線を外すと共に、兵頭は呪縛から解き放たれた。何か言おうと口を開いたが、出すべき言葉が見つからず、そのまま半ば呆然として部屋を出た。



廊下に出た途端、兵頭は壁に片手を着き、荒い呼吸を繰り返した。
ずっと呼吸を止めていたらしく、窓に映る己の顔は真っ青だ。
おもむろに自分の手の平を見つめ、冷や汗でべっとりと湿っていることを知る。

(あの瞳……)

呼吸を整えながら、真紅の双眼を脳裏に思い描く。

(なんちゅう眼じゃ……)

あれはもう人間の目ではなかった。あの目に睨みつけられている間、まるで全身を刃で切り刻まれているような心地だった。
悪魔だって、まだましな眼をする。

(あれが上杉景虎の本性か……)

不覚だと思った。
室戸の長ともあろう自分が、自ら白紐束を渡した相手に睨まれただけで恐怖を感じ、あろうことかそのまま逃げてしまうとは。
首をめぐらして医務室の扉を睨みつける。

「……くッ……!」

込みあがる感情を押さえつけようと、兵頭は拳を強く握り締める。
だがその感情の正体が何であるのか、自分自身でさえ知ることができなかった。
これは逃げ出した己への羞恥なのか。高耶のあの瞳に対する恐怖なのか。それとも……。

あの瞳の根元に住まう人間への……嫉妬──。

──オレと橘義明の歴史を知らない人間が……

「だから……どうしたッ……」

この感情が何であるかなど関係ない。自分が仰木に興味があるのは、闇戦国で一、二を争うと言われるその強さに対してだ。
その男が誰かと過ごしてきた歴史など、自分には関係のないこと。
戦闘に不利をもたらすものならば斬り捨てる。それがこの世界だ。
橘は確実に赤鯨衆に害を及ぼす存在だ。
甘えは捨てなければならない。それが仰木のためでもある。

橘はいつか自分の手で始末する。
そして仰木隊長……あなたに勝ってみせる。

兵頭は踵を返し歩き始めた。
ふと、再び高耶の先程の双眸が脳裏に甦る。
そして艶然と微笑を浮かべた唇……。

あの邪眼よりも恐怖すべき存在は、果たしてこの世に在るのか……。
正義の上杉軍元総大将などと……笑わせる。

「この世に破滅をもたらす最も危ぶむべき存在は、神でも悪魔でもなく……おんしじゃろう、仰木高耶……」

for your and my eternal happiness.

Someday, I will pray to the meteor