to be continued…
2002/10/27
そ、そんなに切ないのか景虎さま……。
そうかそうか。
う〜ん、恋心は切ないねぇ。
そういえばある方に、
「流れ星に願い事をする習慣って、いつからあるの」
と聞かれましたが、
………………。
シリマセン。(←死)
いや、これ書いた当時も悩んだんですけどね。
なんか西洋っぽい気もしますし。
意外に陰陽道関連なのかもしれないけど。
彗星は計都星っていうんでしたっけ?
何でも地上に大災厄をもたらすとか。
だから、「へへぇ〜、どうか災厄はご勘弁を〜」
と祈ったのが起源かもしれない……。(嘘)
そんなわけであまり気にしないでくださいませね〜♪
13.
「どうして……ならばなぜおまえはここにいる」
景虎の、思ったよりも穏やかな表情に、直江は少しばかり驚いた。
「いえ……、それは分かりません。周りにそれらしい呪術を行った形跡はありませんし、心当たりも何もない」
そう言って直江は、星のかすかな光に照らされた顔を心持ち曇らせた。
「けれど……、これは私の推測ですが、私はここに果たすべきことが在って来たのではないでしょうか」
「果たすべきこと」
「ええ、おそらくそれは、あなたに直接関与することです」
オレに関係する……。景虎は小さく呟いた。
もしそれが本当だとしたら、この男は何をするためにここへ導かれたのだろう。四百年後の世界から。
四百年の時を越えて。
四百年……。
「おまえは四百年もの間、今と同じように怨霊たちを調伏してきたのか……?」
景虎は突然、先程の会話とは異なる問いをかけた。無意識のうちに口をついていた。
それを特に動じもせずに、直江は応えを返す。景虎が今考えていることが分かったのだ。
「……ええ」
あの頃の自分たちは、決してこの怨霊調伏の日々が、何十年も何百年も続こうなどとは思っていなかった。
当たり前である。誰がこんな苦しみの毎日が、四百年も続こうなどと考えるだろうか。
もしも当時、その事実を知っていたら直江は、四百年前に謙信の命を受けることは絶対になかっただろう。
実際初めの……つまり今≠フ頃の直江は、早く景虎から離れたいがために、この戦いの日々が早く終結することを常々祈っていたものだ。
景虎もまた同じだった。彼は数年程度で終わると思っていた。それは景虎達が死者とはいえ、自分は人間であるという認識が強かったからだ。
普通の人間は百年も、何百年以上も生きたりはしない。だからそういった発想ができない。
そういう意味で、今の直江達は人間とは異なる存在となっていた。それぞれにその自覚もあった。
普通の人間の精神で、四百年以上も生きることはできない。人間であることはできなかった。
景虎も、直江も、晴家も長秀も色部も、狂うことで時代の流れを乗り越えてきた。
彼らは夜叉であった。
「四百年の間に私は十二回の換生を行ってきました」
景虎は直江のその言葉を聞いて、痛そうに眼を絞りながら整った顔を歪ませた。
「十二回……」
換生という行為は人を殺めることと同意義だ。十二回の換生ということは少なくとも十二人の罪なき命を奪ったこととなる。
四百年後の自分も、おそらく同じぐらいの換生を行っているのだろう。「怨霊調伏」という大義名分に殺された、奪われた人生達。
「現世の安寧」など死んでいったものには何の意味もないことだというのに……。
(死者を帰すなどといって、その死者を出しているのは自分たちではないか……!)
その矛盾は、四百年後にも変わらないらしい。
「大義名分」などという名のもとに、今日も他人から奪った生を重ねる。
「そうやって……、四百年間、本来現世に戻った理由である大義名分を背負って生きてきたのか……」
「……景虎様」
「そんなことに……堪えられるものなのか。四百年もの間……。今でさえこの矛盾だらけの生≠ノ苦しみながら生きているというのに、そんなっ、あやふやなものに縋りながら四百年も生きてこれたのか。やめたいとは思わなかったか!」
景虎はたまらず胸のうちを激しく叫んでいた。
謙信から授かった、この偽りの生≠ニ存在理由……。
普段考えるまいとはするものの、景虎の根底の心はいつもそう叫んでいた。
それが今、流れるように言葉となって湧き出てくる。
「教えてくれ。人は一生ただ一つのことを信じ続けていられるものか、変わらず不変でいられるのか……!」
それはいつも思っていたこと。いつも確かめられなかったこと。
「この世に……永遠に変わらぬものなど存在するのか……っ」
思いのたけをありったけに吐露した。頭が真っ白になりそうだった。
だが景虎は知らない。今の言葉が目の前の男に、呼吸が停止するほどの驚愕を与えたことを。
(景虎……様……ッ)
永遠に変わらぬもの。それは霧翳む山荘から再会した高耶が、何度も何度も口にした言葉だった。
──おまえの永遠を確かめるためなら、オレはこの世界をも滅ぼせる!
今、景虎がその言葉を口にしている。
(いつの時代でもそうやってあなたは、永久に変わらぬ物を探り求めていた……)
景虎は永遠を熱望し、直江は永遠を追い続ける。
それは、景虎がこの四百年間抱き続けた直江への激しい執着を、最も明確に現す象徴とも言えた。
「景虎様……」
しばらくして景虎が少し落ち着いたところで、直江は言葉を発した。
よく響く低い声は、景虎が知る「直江」ではない優しい声音だった。
「私が生きてきた理由が、謙信公の命だったのは……、最初のうちの数十年だけですよ……」
景虎は驚いた。直江の顔を見ながら思わず呆然としてしまう。
こんなにもあっさりと否定されるとは思っていなかったからだ。
「それなら……なぜ……っ」
直江は答えた。真摯な瞳で。
「永遠に変わらぬものを……作り出すために……」
それが理由。何よりも大きな、生きてきた理由。
「あなたがさっき言ったことを、証明するためにですよ。
永遠は必ず、在るということを……。
景虎には直江が言ったことが分からなかった。それを察して直江は言葉を継ぐ。
「あなたにもそう遠くない未来、分かる時がきっと来る」
いや、きっとなどとあやふやなものではなく、絶対に来るのだと確信を持って言える。
「なぜなら……あなたも幾多の年月を過ごすと共に、生きる理由は変わっていったのだから」
「生き続けることを誰より望んできたのだから……」
(生き続けることを……)
景虎の脳裏には、馬上から己を見つめる、かつては己が義父と仰いだ者の姿が唐突に強く浮かび上がった。
馬上の人物は、思慮深く慈愛に満ちた眼差しで自分を上から見下ろしている。
── 景虎。
(謙信公……)
それは以前、この魂が冥界を彷徨い、天の闇界で出会った時の姿だったか……。
自分はあの日からあの方の手に導かれ、この世に戻されてきたのだ。
死者をあるべき所に導け──と。
その命を帯びることにより、自分は生を許された。
けれども景虎は、ずっとこの生≠ノ疑問ばかり持っていた。こうやって死後も偽りの身体で、償うように霊を鎮めていく。
この不毛な毎日に早く終止符を打ちたかった。いかな義父からの命とはいえ、できることなら一刻も早く、自分自身もあるべき所へ行きたかった。
だからこそ、この日々がもしかすると四百年以上もの気の遠くなる年月の間続いていくのかもしれないという事実知り、目の前が暗闇に閉ざされる思いがした。
それなのに。
(生きることを、オレが望んだと?)
使命などではなく、任務のためではなく。
生きたいと。
─── 死にたくないッ!
そう思ったのか、自分が。
「四百年後のあなたはおそらく、生前よりも強く生きることに執着しています。……絶対に死ぬものか、と……」
生き永らえるために生きるのではなく。
「生きる≠スめに生きている」
景虎はまるで、落雷に撃たれたかのようなショックを受けた。
その瞬間、今まで霧がかって何も見えなかった自分の姿が、今初めて見えたような気がしたのだ。
(生きる≠スめに……)
それなら自分は、今の自分は……。
(死ぬ≠スめに生きていると……?)
景虎は直江に、眼だけで問いを投げた。
すると直江は景虎の視線を受け取って、一瞬の静寂の後、真摯な瞳でコクリと頷いた。
通じている……。
景虎は他人と眼と眼だけで、こんなにも明確に会話するのは初めてだった。
眼だけで意思を読み取るなど、よほど長く傍にいた人物でないとできない芸当だ。こんなことができるのなら、景虎自身さえ気づかなかった己を直江が見通せるのも納得できた。
アイコンタクト・コミュニケーション。……そんなものを自分と直江が交わす日が来るなどと、誰が想像しただろうか……?
(死ぬために……)
言葉にすることなどできないと思っていたこの心に、こんなにもしっくりと来る言葉だった。
今の自分は死者であり、生存者であり、精神の死者であった。
そう、自分は終わりしか見ていない。ひたすら出口を探して辿り着いて、その先はただ眠ることだけしか考えていない。
それは仕方がないことだと景虎は思う。自分は別に生きたかったのではなく、やり直したいと思ったのではなく、ただ、謙信公の望みを受けたかったのだ。
この世から死者を導くこと……。またそれは、景虎にはやらねばならぬ義務があった。
けれどそれと「生存欲」というものはイコールの関係にはならなかった。
「生」は必要だ。でも必要≠ニ欲≠ヘまったく別の言葉だった。
だが、四百年後の自分は生きることを渇望していると直江は言う。
今の景虎には想像もつかない。
使命のためではなく、おのずからの意志で、何らかの目的のために生きたい≠ニ……。
(四百年後の景虎……)
景虎は長い沈黙の後、やっと口を開いた。
「高耶というのは……」
直江はその名を聞いて、表情を変えた。
「四百年後のオレの、名か?……」
直江は何故か、一瞬痛みをこらえるような顔をする。
「ええ……そうですよ」
景虎は直江の表情に訝しさを覚えたものの、嘘ではないことは分かった。
「ああ、やはりな……」
今までの出来事の全ての符号が景虎の脳内で嵌め合わされ、解き明かされていくようだった。
「そういえばおまえは、あの時から……、あの、おまえが熱を出して床から起きた時からだろう?ここへ来たのは。……あの時からずっと高耶高耶と騒いでいたな……。オレの身体がどうのと言って。……あの時は、気でも触れたのかと思ったが……」
あまりの凄まじい直江の剣幕に、圧倒されたのだ。
とても自分の主君がどうこうした程度の取り乱しようではなかった、と今になって思う。
まるで、最愛の妻を亡くした夫のようだと思った。
そして先程の、自分に手を差し伸べた直江……。
── 高耶さん。
その瞳はまるで。
まるで……。
「…………」
おかしな話だ。……本当に、おかしくて……。
四百年後といえど、この男は直江だというのに……。
自分を殺した張本人だというのに。
どうしたというのだろう。
この気持ちは、一体何だというのか。
この男と視線を合わせる度、自分が自分でないようだった。
胸の辺りが、まるで焼き鏝でも押し当てられたかのように熱かった。
どうしてこんなに、切ないほどに胸が苦しくなるのだろうか……。
景虎は、そのまま俯いて押し黙ってしまった。
直江も景虎の心中を察して、何も言わずにただ、景虎を見つめていることにした。
for your and my eternal happiness.
Someday, I will pray to the meteor