4.

 ……で、時は第1話133行目に戻る。

 直江が天を仰ぎながら驚愕に心を馳せている時、高耶はその優秀すぎる脳味噌をフル活動させて考えに考えていた。

(なんて馬鹿なことを言ってしまったんだ、オレは……ッ!)

 あのままシラを切り通していれば、どうにかこうにか直江にバレずにここを脱出できたかもしれないのに。
 普段冷静でいられても、いざ直江に関することとなると納豆の糸のように儚い存在になってしまう自分の理性が恨めしい。
 ともかく、今更後悔したって始まらない。これから来るであろう直江の質問攻めにどうやって受け答えていくのかが問題だ。
 有りのままを正直に話すべきなのだろうが、そしたら半年前の直江の事件の真相まで話すことになってしまいそうだ。それだけはできれば避けたい。どうしたって避けたい。
 だって恥ずかしいではないか。直江の高校時代がどうしても見たくって若返らせただなんて、直江に知られたらあんまりにもキマリが悪い。(この際「何を今更……」というツッコミは遠慮してもらいたい)
 一体どんな言い逃れをすれば……!と頭を悩ませていると、ようやく目の前の男は理性を取り戻したらしく、高耶に向かって動揺を露に滲ませた声で尋ねかけてきた。

「一体どうしてそんな身体になったんです……?」

 そう聞かれても、高耶はまだ上手い逃げの口実を作り出せていない。
 ……と言うより後のことを考慮すると、直江に原因を説明せずに言い逃れ続けることは絶対に無理だと分かっていたが、高耶にはどうしても正直に打ち明ける覚悟が搾り出せなかった。

「……知らない」

 まずい言い分だ。そうは思うが、他に言うべき言葉を見つけられない。

「知らないって……高耶さん」

 直江がそう呟いて、なおも尋ねかけようと口を開いた時であった。

「あれ、橘サン。おはよーございまーす」

 向こうの廊下から挨拶を掛けてくる男がいた。
 二人が視線をそちらに向けると、そこにいたのは……。

(楢崎か……っ)

 そう、あの楢崎だった。
 「またこいつはおいしいトコにばっか登場するんだから……」とか思ってはいけない。 よく考えてみると、この楢崎はまだあの「屋上階段」を目撃した楢崎ではないのだ。そう、まだ。
 なので、彼はこの橘が仰木隊長と抜き差しならない仲だという事実を現段階では知らない。

「あれ……ひょっとして、お取り込み中?」

 楢崎は橘が両肩を掴む見知らぬ女性を見て、興味深そうに呟いた。
 直江が何とも言い返さず無言でいると、それを肯定と取ったのかヒューと口笛を吹いて、好奇心いっぱいの瞳で高耶を見つめてくる。

「へぇ〜。スミに置けねぇな〜橘さんも。しかもすっげー美人じゃん。羨ましい〜」

 高耶は胸のうちで「何が美人であるものか」と苛立たしく眉を寄せた。ここの隊士は観察力だけじゃなく美的感覚も相当問題があるようだ。

「……楢崎」
「あ、ゴメン。無粋だったよな。オレはとっとと消えるからどうぞお構いなく」

 そう言ってニッと好感的な笑みを浮かべると、楢崎は邪魔者は退散〜と廊下を小走りに駈けて行った。
 直江はその後ろ姿を横目に見て溜息を一つ漏らすと、高耶にもう一度向き直った。

「とにかく……ここじゃ何ですから場所を移しましょう」

 その言葉に高耶は、「おまえとゆっくり話している暇なんてない」と撥ね付けようとして口を開きかけたが、言葉を発する前に有無を言わさぬ手つきで腰を引き寄せられてしまい、目の前にあった「第二会議室」の中へと強引にエスコートされてしまった。


 会議室の中はもちろんのことだが、一人として先客はいない。今日は会議の予定もないし、話の途中で他の隊士が入室してきて水を差されることはないだろう。
 直江は会議用の大テーブルの下に入れられたパイプ椅子を引き出して、高耶に座るよう視線で促した。
 高耶が不服げな表情でしぶしぶと腰を下ろすと、自分も隣りの椅子を引いて腰を下ろす。

「それで、いつからそんな身体になってしまったんですか」

 正面から向かい合うようにして座った直江は、真剣な瞳で高耶の両眼を見つめてきた。 一方の高耶は気まずそうに俯いて、その細い指を膝の上で組んだり解いたりしている。

「今朝からだ……」

 低い声でポツリと呟いた。しかし低いと言っても男の時の彼の声よりよほど高い。女になった高耶の声は、高すぎず低すぎず、実に女性らしい耳に心地よいアルトの音程だった。

「今朝から、ということは……朝起きたらそうなっていたということですね」

 直江の問いに、コクリと首を頷かせた。
 その様子を見ながら直江は、「なるほどね……」と顎に左手を当てて一つ息をついた。

「高耶さん、この状況、以前私が若返ってしまった時とよく似ていませんか」

 ピクリ、と肩を跳ねて、高耶は不自然に目線を横に流した。
 直江は身を乗り出して、俯く高耶を覗き込むようにして語りかける。

「あの時の私も、朝目覚めてみたらいきなり身体が変調をきたしていました。……それにしたって、大体若返りだの女体化だの、こんな奇想天外な事件がそう立て続けに起こるなんてとてもじゃないが信じられない」

 その信じられないようなことが一匹の胡散臭げな神狐によっていとも簡単に引き起こされてしまうのだから、こっちも困っているのではないか。
 高耶は疲れたように瞼を一つ下ろした。
 もうここまで来たら潔く真相を告白するしかすべはないのだろうが、気が重いことこの上ない。しかしどうにかしてこの障害を乗り越えないと、剣山に行ってこの呪い(?)を解くことができないのだ。
 「高耶さん」と直江は呟いて、高耶の細い両肩に再び両手を乗せた。

「あなた、本当は原因を知っているんじゃないですか」

 高耶が俯いていた顔を上げる。直江との身長差はさらに広がっていて、見上げるのにも首の付け根が痛くて一苦労だった。

「…………」

 この期に及んでまだ話し出すふんぎりがつけられない。高耶は性懲りも無く沈黙を守って視線を落とした。

「高耶さん……」
「…………」

 直江がハァ……と大きな溜息を漏らした。溜息つきたいのはこっちだ、と心内で毒づいていると、途端に両肩を掴む手に力が込められるのを感じた。

「どうしても話さない気なら、こっちにも考えがありますよ?」

 えっ、と驚いて顔を上げて直江の熱い瞳と目線が合った次の瞬間には、高耶はパイプ椅子ごと後ろに押し倒されていた。

「うわぁっ」

 ガッシャーン!と金属が擦り合わされる音と共に、床に頭をしたたかにぶつける。

「いってぇッ……っておい直江っ、なにす……!」

 憤りも露に叫ぶと、直江は高耶の上にまたぎ乗りながらシレッとした顔で言った。

「何って、身体に聞くんですよ。身体に」
「はあっ!?」

 そう言う間にも直江は高耶の上着に手を掛けて、フロントのボタンをブチブチと外していく。
 焦った高耶は慌てて全力で抵抗した。

「ちょっとやめろ!……おいっ、冗談はよせ!」

 暴れる高耶の両腕をいとも簡単に捕まえて、頭上に一つにくくりつける。
成人男子の前では、今の高耶のような女性の抵抗など在って無きが如しなのだ。

「うあああっ!やめろおぉ!お願いだからやめてくれぇ──ッ!」

 のしかかる直江から逃れようと必死に身体をずり動かしながら尋常じゃない形相で絶叫する高耶に、直江は眉を寄せて傷ついたような顔をした。

「何もそこまで嫌がらなくてもいいじゃないですか……」

 仮にも私とあなたの仲でしょう……と不満そうな表情を浮かべる直江に、いきなり強姦しといて(いやまだシテないけど)何を言うか!と心中で怒鳴りつけながら、高耶はなおもジタバタと直江の下でもがき続ける。

「冗談じゃない!いまオレは女なんだぞっ!」
「大丈夫ですよ、ちょっと挿れる場所が変わるだけですから」
「何が大丈夫だっ!」

 顔を真っ赤にして怒鳴る高耶に、直江はクスッと微笑んで、自信ありげに告げた。

「そんなに心配せずとも、私は上手いですよ」
「ば、馬鹿かおまえはっ!そうじゃなくて、もし妊娠したらどうするんだって言ってるんだッ!」
「そんなの、産めばいいじゃないですか」

 直江は何の躊躇いもなくそう言うと、高耶の黒く長い髪に指を絡ませて、やわらかくかき上げた。
 耳元に顔を寄せると、息を吹きかけるようにして囁く。

「私とあなたの子供だなんて、とても素敵じゃないですか。是非産んでください、高耶さん……」
「あっ……」

 艶やかな声で耳元に息を吹き込まれて、高耶は思わず身を竦めた。

「ね、高耶さん……」

 直江の唇が高耶の耳朶に触れて、ゆっくりと優しく咬みつく。

「な、お……」

 ゾクゾクと背筋を駆け抜ける慣れた感覚に、思わず流されそうになったとき……。
 高耶は突如として、ハタッと我に返った。

(……って、なにこんな事態に感じてるんだ、オレって奴は……!)

 危うくこのまま済し崩しになる所だった。しかしオレに非は無い。すべてこいつが悪いのだ!こいつの無駄に上手いその技術が悪い!
 高耶は頭を思いきり振って、至近距離にある直江の顔を振り払った。

「……っ、誰がおまえのガキなんて産むかっ。いいからどけ!重いっ!」
「嫌ですよ。ここまで来て私が引くわけ無いでしょう」

 まったくもってその通りなことをにべも無く言い放つと、高耶の上着のボタンをブチブチッと一気に外し、直江は再び顔を高耶に近寄せてその白い首筋に唇を落とした。
 高耶の抵抗をよそにつつっと、生暖かい舌がうなじを這い登り、耳の裏側を甘く舐め上げる。

「あっ……な、なお……」

 ビクビクッと敏感すぎる身体を痙攣させて、高耶は苦しげに息を乱した。
 いけない、このままでは直江の思うツボだ。どう考えたってこの展開ではこの男に太刀打ちできるはずも無い。

「なおえ……っ、や、やめろ!分かった。ちゃんと理由話すからっ。放してくれ……っ!」

 とうとう高耶は降参して直江に制止を訴えた。このまま無理矢理犯られるぐらいなら、正直に真相を告白した方がマシだ……!
 すると直江は、予想に反してあっさりと高耶に覆いかぶさっていた上体を放し、やれやれというように息を吐いた。

「やっと降参しましたか」

 直江は苦笑を唇に昇らせると、仰向けに寝転がる高耶の上から身体をどかす。

「最初から素直にそう言ってくださいよ。そしたら私だって、嫌がるあなたを無理矢理犯したりしません」
「…………」

 嘘をつけ。眼が滅茶苦茶マジだったぞ……と、憮然としながら心中で呟くと、直江に手を引かれて上体を起こした。
……と、その時だった。直江がふと視線を下に落とし、その鳶色の瞳を丸くしながらある所を凝視し出したのは。
 その様子を不審に思って高耶が眉を寄せる。

「直江?」

 困惑する高耶に対して、直江は一つ瞬きをし、やけに真剣な表情でこう告げたのである。

「……高耶さん、あなた……。ブラジャーをつけろとまでは言いませんが、せめてTシャツぐらい着たらどうなんですか……」

 はっ?と思って直江の視線を辿り自分の胸元に眼を落とすと、そこには上着が肌蹴て剥き出しになったYシャツに覆われたふくらんだ胸が……。

「……!?うわっ!」

 慌ててガバッと上着を引き寄せて胸元を隠す。そう、今まで気づかずにいたがYシャツの下に何も身につけていなかった高耶は、薄地の布が災いして見事に中身が透けてしまっていたのだ……!
 男の時ならともかく、女でそれをやったらかなりの問題である。

「高耶さん……」

 直江が異様に低い声で高耶の名を呼んだ。高耶はこめかみにタラリと冷や汗をたらしながら、その男の顔を上目遣いに見上げる。

「な、なに……って、うあぁっ!」

 そう応えを返した途端、物凄い勢いで圧し掛かってきた直江に再び押し倒されていた。 またまた後頭部がガツンッと床に直撃し、高耶の頭に一瞬ヒヨコが飛ぶ。

「今度は何だあぁッ!」

 痛む頭を堪えて叫び抗う高耶に構わず、直江はもう一度その細腰に乗り上げて、両手両足を使って高耶の四肢を押さえつけた。

「やっぱりしましょう」

 真顔で言われた言葉に一瞬眼が点になり、我に返ると顔を真っ赤にして高耶が叫んだ。

「な、何がしましょうだ!おまえ嫌がる相手に無理矢理犯らないんじゃないのかッ!」

 ニヤリと微笑んだ直江の瞳は、炎のように熱い光が灯されていた。
 高耶は顔を蒼白にする。駄目だ。こいつ完全にイッちまってる……。

「誘ったあなたが悪いんですよ……」

 誰がいつ誘ったぁーッ!と絶叫しかけたが、その唇を突如直江のソレによって塞がれた。
 嫌がってジタバタもがく高耶は完全無視して、口内を直江の舌が思う存分蹂躙していく。

「んんんんっ。うんん─ッ」

 必死に頭を振るが、直江の厚い手に両頬を掴まれて身動きできなくなる。それによって解放された両腕を直江の背中に回してドンドンッと叩くが、全く効果は望めるべくもない。

「ん……っ、はぁ……ッ」

 歯列を舐られ舌を絡められ、そのまま思い切り吸われる。
 そして息ができなくて苦しげに眉を寄せる頃には、頭の芯がボ─ッとし始めて、やがてその深い口づけに快感を見出しこちらから唇を押し付けるようになっていた。

「あっ……ぅん……ふっ……」

 快感に眉を顰めながら甘い声で喘ぎを漏らす。最早高耶の思考に「抵抗」という文字は完全に消え失せ、鉄壁の理性は微塵たりとも脳内に残っていなかった。
 そうして高耶が、背中に回していた腕を持ち上げて、直江の首にその細い両腕を絡めた時……。

 バタンッ、と、部屋の扉が開く音がした。
 その音に気づいて高耶が、緩慢とした動きで目線をその音のした方向に流すと……。

「おんしら……、いったい何をやっちょるんじゃ……っ」

 そこには、唖然とした面持ちで高耶と直江のディープキスを見下ろす、赤鯨衆首領・嘉田嶺次郎がいた……。






……ということで、
正解はB番の、
「問答無用でその場に押し倒す」でしたぁ〜♪
ま、当然と言えば、当然?(笑)

ところで今回ようやく楢崎くんが出せて嬉しいですv
でもまだ「屋上階段事件」を知る以前の彼なのね。
やっぱ彼は、
「見て」からの方がイイ味出してますよね!

さて、これからどんな展開になっていくのか、
私もだんだん分からなくなってきましたわ〜♥
すべては暴走する直江が悪い……。


2002/11/27