8.

 男はいかにも不機嫌そうな足取りで、荒々しくアジトの屋外の道を進んでいく。
 高耶は直江に腕を強引に掴まれて、半ば引きずられるようにして足を縺れさせながら男の後をついて行った。

「おい、待てよ直江っ」

 高耶の訴えにも直江は無言だ。口を閉ざしながら前方を見据えて、グイグイと彼女を引っ張っていく。

「直江ッ!」

 いい加減キレた高耶が怒鳴りつけた瞬間、直江が前触れも無く歩みを止めた。
 突然のことに高耶は直江の背中に「わっぷ」とつんのめる。
 何だっと顔を上げると、そこは駐車場だった。目の前にセダンが一台止まっている。どうやらこの車で剣山に向う気でいるらしい。
 そのまま無言で運転席に乗り込もうとする直江の腕を慌てて掴んで、高耶はキッと上方にある端整な顔を睨み上げた。

「何なんださっきからその態度はっ。何か言いたいことがあるなら言え!」

 語気荒く言い放つ高耶に対して、直江は依然として不機嫌そうに眉を顰めている。
 なおも言い募ろうと口を開くと、直江が突如として盛大な溜息をついた。

「まったく……あなたっていう人は……」

 呆れた風に息を吐く直江に、高耶は柳眉を更に逆立てて怒った。

「オレが一体何だっ」
「あなたは、もっと自覚してください……」
「何が」
「兵頭のことですよ」

 兵頭?と、今まで眉を顰めていた高耶が、キョトンとした表情で瞬きをする。

「さっきの兵頭の態度を見たでしょう」
「見たが?」
「あの男のあの目。あれはあなたに一目惚れしていましたよ」
「ふーん、……って。はぁっ!?」

 あまりにも突拍子も無いことを言われて、高耶はポカンと口を開けた。

「な、何言ってんだ。あの兵頭が一目惚れ?しかもオレに?面白くないぞその冗談。あははははは……」

 面白くないと言いつつ、高耶の口からは乾いた笑いが零れ出ていた。対して直江は少しむきになったように言い募る。

「いいえ、あなたに恋する私には分かるんです。あの目は完全にあなたに対する恋情に溢れていました」
「恋情!?馬鹿なことを言うなっ。第一オレは男だぞ!」
「それこそ今更でしょう。それに今のあなたはどこからどう見ても女性ですからね。どこぞの男に一目惚れされても全く不思議じゃありませんよ」

 どこか投げやりな風に言い放った。先ほどの一連の出来事がよほど頭にきているらしい。

「それは、そうかもしれないが……」

 それにしたって、あの兵頭が言葉も交わしたことの無い女性に、いきなり一目惚れなどするものだろうか?
 しかも相手はこのオレだ。何が悲しくってこんな無愛想で可愛げのない女に惚れなくてはならないのか。それこそ隣りの寧波に失礼というものだ。
 ……いや、その前にオレは男に惚れられたって微塵も嬉しくない。可愛い女の子なら悪い気はしないだろうが、相手がゴツい男では思いっきり悪い気ばっかりだ。(ここでツッコミはよせよ?)
 できるなら勘違いであってほしい。お願いだ。夢に出るから。
 大体あの兵頭が一目惚れ≠セなんて。あの男はそんないかにも少女小説チックな語句が似合うキャラでは断固としてない。いっぺん鏡で自分の面よく見てみろって!

 そんな風に混乱する頭で思案にくれている高耶を横目に見て、直江が半ば疲れたような声で言った。

「まさか、このごに及んで『あの兵頭がオレなんかに惚れるわけがないだろう』とか言うつもりじゃないでしょうね」
「それは……」

 口ごもる高耶に対して、直江は今日で四度目の大仰な溜息をついてみせた。

「いいですか、高耶さん」

 棒立ちする高耶の両肩に手を乗せて、真剣な瞳で高耶の瞳を覗きこんだ。

「あなたはもっと自覚を持ってください。あんな危険な男相手に、じろじろ見られていたからと言って決して見つめ返してはいけません。相手はこちらに気があるものと勘違いしますからね。いいですか、男はみんな狼なんですよ?」
「……おまえが言うと滅茶苦茶説得力あるな」

 この男は狼というよりは狂犬だが。なんにせよ、もともと男の高耶に対し言う台詞ではない。大体その言い分では兵頭がまるでストーカーだ。

「茶化さないでください。とにかく、今後兵頭の目を見つめ返すのだけは絶対にやめてくださいね。襲われてからでは遅いんですから」
(おまえの方がよっぽど襲いそうだ)

 っつーか既に襲っただろう、と胸のうちでツッコミを入れながら、高耶は鷹揚に頷いておいた。こういう時は「はいはい」と適当に頷いておくに限る。悟りの境地を開いた気分である。
 全く、嫉妬深い彼氏を持つと大変だぜと胸中で一人ごちた。
 その際、自分だってよっぽど嫉妬深いという自覚はやはり無い。つくづく似たものカップルである。

「本当に分かってくれたんですか?」
「分かった分かった」

 上から覗き込んでくる直江に、まったく可愛いやつめ、と高耶は少し苦笑を浮かべた。
 ひょっとして、これが母性本能というやつなんだろうか?




                ***




「あれ、あそこにいんの橘じゃん」

 アジトの二階廊下を歩いていた潮は、窓の下に見える駐車場に、黒いサバイバルスーツの男を発見して窓際に歩み寄った。
 別に橘がいること自体には何の問題も無いのだが、彼のすぐ横に佇む小柄な人物が気になったのだ。
 何やら込み入っているようで、橘が肩を掴みながら真剣な表情でその人物に話しかけている。
 肩の線を越える黒髪の人物は、どうやら女性のようだ。あの橘と女という組み合わせが珍しくて、思わず歩みを止めてしまった。
 なんとなく、彼はいつも高耶と対でいるイメージがあるのだ。

(あんな真剣そうに何話し込んでんだろ)

 大体あの女性は誰だろう、白鮫か?と、生来好奇心旺盛な性分が疼いて、立ち位置をずらしてその女性の顔を窓桟に寄りかかって覗き込むと……。

「うわっ」

 思わず声が出てしまった。

(めちゃくちゃ綺麗じゃんっ。あんなの白鮫んなかにいたかっ?)

 潮は鼻息も荒く女性の横顔を凝視した。
 なんというか、潮のツボにジャストミートな美人だった。世の中には美人の類は結構いるが、中でもここまで潮の写真家魂を燃え滾らせるような女性はそうそういない。
 特にあの黒々とした瞳がいい。ゾクゾクさせるような輝きを持っている。ああいう目を見ると、自らのカメラでその輝きを写し取りたくてたまらなくなってしまうのだ。
 俺の被写体となるために生まれてきたような女だぜっ。と、潮はおりよく胸にかけてあった一眼レフを躊躇いもなく構えた。
 その際プライバシーの侵害などという現代人的語句は、当然のことながら潮の頭の中には無い。

(いやー仰木以来のメガヒットだぜ!そういや目元の辺りとか仰木に似てるな。やっぱオレの好みって仰木の系統なんだなー。とするとあれか?橘のヤツもやっぱ仰木に似てるから目ぇつけたっつーことかな。って、ああもう、ちょっとそっち向かないでくれよー)

 ズームを効かせながらパシャパシャと撮り続けていく。それと同時進行で脳内でのやかましい独り言も絶え間なく続いていった。

(あれ?でも待てよ。あの橘が仰木にちょっと似てるぐらいで他の女になんかちょっかいかけるもんかー?っつーかやっぱあの二人ってそうなんだよなー。長い間気付かなかったけど、思えば前々から怪しかったもんなー。まぁ仰木がいいなら俺は別にいいけどさ。それに橘といるときの仰木って、やっぱ滅茶苦茶イイ顔してるもんなー。ちょうどこの女のヒトもそんな感じ……って、ああっ、車乗り込んじまった!ちょっと待てよーもう少しでいいから撮らせてくれよー)

 橘が助手席のドアを開けて、被写体の女性は乗り込んでしまった。
 しかし、最後の最後に撮った、ドアを開けて誘う橘に微笑みかける女性の表情は、まさに絶妙と言え、潮は思わず息を飲んで車窓から覗く黒髪を、声も無く凝視した。
 続いて橘も運転席に乗り込み、セダンはエンジン音と共に駐車場から走り出してしまう。
 その後尾を見送りながら、やっと我に帰って、ほぉーと一つ溜息をついた。

「いやー、久しぶりにイイ写真撮らせてもらった。最近仰木は写させてくんないかんなー。こりゃあ現像が楽しみだぞー」

 語尾にハートをつけながら満面の笑みで呟くと、潮はカメラを指先で一拭きした。
 そうして満足げに踵を返そうとすると。
 廊下の遠方からこちらに駈けて来る影があった。その気配に「なんだぁ?」と潮は振り返る。
 次第に接近してくる影は白衣の裾をなびかせていた。赤鯨衆の心霊医師、中川掃部である。

「武藤さん!」

 中川は潮の姿を視界に捉えるなり、声を上げて手を振りながら駆け寄ってきた。

「中川?どうしたんだよ、そんなに慌てて」

 目の前に止まってはぁはぁと息を切らす中川に、潮は首をかしげながら声をかける。

「武藤さん、橘さんを見かけませんでしたか?さっきから探してるんですが見つからなくて」
「橘?あいつなら今さっきまでそこの駐車場にいたけど」
「駐車場?そうですか、駐車場からどこに向ったんです?」
「なんか車で出かけて行ったよ。助手席に女一人乗っけてさ」

 なんですって、と中川が二重瞼の目を見開いた。それがどうかしたのか?となおも小首を傾げる潮を尻目に、中川は額に手を押さえてがっくりと項垂れた。

(そんな……二人で出掛けるだなんて、ひょっとしてこれは本当にそうなんだろうか……)

 中川は顔を蒼くして、深い溜息をつく。
 しかし、まだ決めつけてはいけない。二人で出かけたからといって、何も行き先がラブホであるなどと決まったわけでも無し。
 穿った見方をしてはいけない。その女性は白鮫か何かで、必要に差し迫られて二人で任務遂行のために行動を共にしているだけなのかもしれないではないか。

(私はちゃんと信じてますからね、橘さん……!)

 中川は拳をぐぐっと握りしめて、曇天に隠された太陽を仰ぎ見る。
 後ろでは相変わらず潮が「なんか悪いもんでも食ったのかー?」と眉を寄せて、中川を不審げに見つめていた。







今回はちょっと少なめ。
秋の空には赤鯨衆キャラをなるたけ出すという
ノルマがあるのですが、
楢崎、嶺次郎、中川、兵頭、寧波、潮とここまで来たので、あと最低二人は出さなきゃいけませんよね!

それにしても、今回最大のツッコミ所はやっぱ、
「SOS♪SOS♪ほ〜らほら呼ぉんでいるわ〜♪
今日もぉまた誰ぇか〜♪乙女のピン〜チィ〜♪」
……でしょうかね(笑)。
って、ピンクレディかよ!
直江は狼って言っても、小心者の狼ですけど。
もっとも、もう既に小心も
へったくれもなくなってますよねっ。
ああ、高坂にイビられてた頃の直江が懐かしい!
いや、いまでも十分イビられてるって?(笑)

ああ〜もう、
37巻で高坂のこと更に大好きになってしまったので、
そのうち絶対高坂書くぞぉ〜!!
この話じゃ無理だけど……。
あ、でも。キツネと高坂が組めば
直江イビリ最強コンビになれそう♪

そして次回、いよいよ千秋再登場っす!
いや〜ホント長かったなぁ……。

2003/2/12