10. さて、439号線を進みようやく剣山へとたどりついたセダンは、山中の車道をしばらく走り、中腹のあたりで道路脇に車体を停めた。 「この辺りだ」と促す高耶に従い、二人は車から降りると、ガードレールを乗り越えて道とも言えぬ山道に足を進めた。 時刻は10時近くになっていた。この時分になれば日も昇り、雲の隙間から漏れ出ずる光が木々に埋もれた道を照らし出す。 直江は高耶の後ろを歩きながら、「寒くありませんか」「足元に気をつけてくださいね」「疲れたなら言ってください」などなど、なにかしら声をかけては高耶の体を気遣っていた。 心配してくれるのは嬉しいが、正直過保護すぎやしないだろうか。いくら女人になってしまったとは言え、日々サバイバルで鍛えている高耶の体力はそんじょそこらの人間とは比べ物にならない。これしきの緩い山道で音をあげるわけがないだろうに。 踏みしめる地面がガサゴソと鳴った。今時分は例年であれば、剣山を含め周辺の山々は美しい紅葉の衣でその身を飾るはずの季節であるが、目線を上げても、木々はカラカラに乾いた枯れ葉を申し訳程度に枝にひっつけているだけで、あとの葉は既に舞い落ちて、無残にも地べたに茶色く敷き詰められてしまっていた。 そんな中を、二人は無言で歩き続けた。辺りに響くのは枯れ葉を押しつぶす靴音のみ。 「……なんだか楽しいですね」 唐突に呟かれた言葉に、「んー」と生返事を返した高耶だが、ハタと思い、後ろを思わず振り向いた。 「……なにがだよ」 「こうやって、あなたと二人で山歩きなんて、久しぶりなので……なんだか楽しいなと」 「……オレは全然楽しくねぇよ」 「そうですか?こうやって山の澄んだ空気を吸いながら、静かな山道を二人きりで散歩するのって、気持ちよくありませんか?」 ニッコリと微笑みながら男は言った。おまえ遊びに来てるわけじゃねーんだぞと心中で毒づきながら、高耶は呆れたようにため息をつく。 「……山登りなんて、昔うんざりするほどやったろうに」 「ええ。昔はよく、山城で討ち死にした怨霊の調伏なんかのために二人で登りましたよね。大概こんな風に、あなたが先を行って、私が後からあなたの後ろを守って」 そう言いながら、直江は鳶色の瞳をわずかに細めた。おそらく過去の情景に思いを馳せているのだろう。 「そういえば覚えていますか?初めての換生後あなたと初めて逢ったのも、確か山城の中でしたよね。……今でも覚えていますが、白装束に身を包んだあなたが崖から転げ落ちてきて、抱き起こして目を覚ました瞬間に見た、あなたの瞳の光の強さがやけに印象的でした」 四百年前の、越後不動山城の出来事だ。あれが直江と自分との、宿命の邂逅であった。 しかし一口に言っても四百年だ。それほどまでに遥か昔の自分たちの出逢いを、この男は克明に記憶しているのだという。 高耶はなんだか照れくさくなり、やや顔を俯かせた。 けれど高耶だとて、直江との運命の出逢いとも言えるあの大切な瞬間は、いまでもちゃんと脳裏に刻みつけてある。 高耶は懐かしいその情景を思い浮かべながら、 「……オレは、そうだな。おまえのこと最初に見たとき……」 「見たとき?」 次にくる言葉に、直江は期待に胸をふくらませた。なにしろ、二人が初めて出逢ったとき自分に対し彼が抱いた印象を、景虎から聞くのは四百年生きてきてこれが初めてだったからだ。 自分があの瞬間に、景虎に対し言葉には言い尽くせぬ“なにか”を感じたように、景虎も自分に魂の鳴動とも言える、歯車が動き出すような“なにか”を感じてくれたのではないか。 しかし高耶が次の瞬間語った言葉と言えば……。 「なんか……、爬虫類みたいな目ぇした男だと思ったんだよな。確か」 「…………………………………………爬虫類」 …………聞かなきゃ良かった。 「まぁ、おまえに対するオレの評価なんて、最初は所詮そんなモンだな」 可愛い顔して悪びれずに毒を吐く高耶に、直江はゲンナリと肩を落とす。 「……せっかくいい気分で山登りしていたのに、そんな、山頂からいきなり谷底に突き落とすようなこと言わなくたっていいじゃないですか」 虎は犬を谷底に落とすのか。仮にも魂の伴侶である自分への第一印象が「爬虫類」だなんて、いくらなんだってヒドすぎる。四百年目にして知った事実がこれでは、全国ウン万の直高腐女子たちだってガッカリだ。 「しょうがないだろ、本当にそう思ったんだから。……大体な、おまえこそオレの顔見て、『これじゃあ北条の御曹司の美貌も形無しだ』……とかなんとか思って見下してたんだろ。ちゃんとオレは知ってるんだぞ」 ギクッとなり、直江はやや視線を横にずらした。しかしそれを見逃す高耶ではない。 「……そんなこと、ありませんよ」 「嘘つくな」 「本当ですって。初換生時のあなたもとても美しいと思いましたよっ」 「いまさらお世辞はいらんぞ」 「違いますって!でなきゃ夢の中にあなたが初換生時の宿体のまま現れるもんですか!」 ハタ、と。高耶は直江の言葉に数秒沈黙した。 「……ちょっと待て。おまえそんな遥か昔の初期から夢に見てたのか」 高耶はなにやら、いまさら顔がカーッと熱くなる思いだった。 「……ええそうですよ。その道にかけては正真正銘四百年の大ベテランですよ私は」 別に自慢するところではないのだが、直江は何故かなかば自棄になったように言った。 この手の話題になると高耶の立場は結構弱い。途端になんだかバツが悪くなって、彼女はごまかすようにして前方に踵を返す。 「まあ……そりゃ、ご愁傷様だったな……」 「なにしろ四百年分溜まってますからねぇ。バリエーション豊富で、あなたも当分はいろいろと飽きないと思いますよ」 フッフッフと含み笑いする直江に、高耶はヒクリと口端を上げた。 ……どうでもいいが、その「いろいろなバリエーション」を今試すのだけはやめてほしい。せめて男に戻ってからにしてくれ。でないとマジに子供できる。 「ところで高耶さんは、いつから私のことを夢に見てくれるようになったんでしょうねぇ」 「…………ノーコメント」 「いいじゃないですか、いまさら。教えてくれたって」 「絶ぇっ対死んでも言わねぇ!」 ぎゃいのぎゃいのと、傍目から見ればイチャついているようにしか見えない二人は、枯れ葉を踏みしめながら軽快な足取りで山道を歩んでいく。 かたくなに拒み続ける高耶を見て、「今度ベッドの中で聞き出すことにしよう」などと腐った考えを直江が頭に上らせたときには、既に神狐たちが待つ広場の間近にたどり着いていた。 *** 《もうすぐ着くぞ》 硬い声音で嫌そうに高耶が呟いた。 ところは剣山中、木々が鬱蒼と生い茂る中で、そこだけ不自然に開けた小さな広場だ。 《っだーッ。やっと姫ぃさんのご到着かよー。ったく何時間待たせんだよ、俺様はいろいろと忙しいんだぜー?》 千秋が不満を露にわめいた。対する精神体高耶の言葉は辛辣だ。 《暇そうに見えるがな》 《んだとコラ。てめーたかが分身のくせして生意気だぞニセ虎》 《誰がニセ虎だ。大体それじゃあ、何をそんなに毎日忙しくしてるって言うんだ》 《うっ、それは……》 千秋は思わず口ごもった。何も忙しくしているというのが嘘だというわけではない。ただ、その多忙の原因が、今空海とはぐれて道に迷った死遍路たちの世話だとか、世話だとか、世話だとか。……そんなんばっかなので、高耶の手前口に出すのが躊躇われるのである。 そんな千秋の心中をお見通したとでも言うように、高耶はクスリと不遜に微笑み、ヤレヤレといった感じに首を左右に振った。 それを見て千秋がキレたのは言うまでもない。 《っかーテメッ、いまなんか明らかにムカつくこと考えてやがったなッ》 《別にオレは、おまえがお人好しの貧乏くじだなんてまったく考えちゃいない》 《いま言ってんだろ、いま!》 わめく千秋の隣で、神狐が《なにをやっちょるんじゃ、コイツらは》と溜め息をついていた。 まったく、この仰木高耶と接触するとロクなことにならないような気がする。 けれどこうやって、磁石のS極とN極が引かれ合うように、なにとはなしに引き寄せられてしまうような心地がするのは、やはり……。 《やはり……似ちょる、かの……》 目線を上げて、高耶の横顔を見た。その赤茶色の強い光を宿す瞳に、遥か昔の面影が重なる。 そんな風に、神狐が昔日の記憶に思いを馳せているとき、そこで突然高耶が顔を上げた。千秋もつられて視線を後方へ移す。 森の奥から人の気配がした。人二人分の足音が、一秒ごとに近づいてくる。 《ようやくおいでなさったな。さーて、女の子になった景虎ちゃんがどんな可憐な美女になってるか、俺ぁー死ぬほど楽しみだね》 くっくっく、と。先ほどまでの怒りも忘れて、さも楽しげに言った。 千秋の魂胆など分かっている。この様子では高耶の姿を見るやいなや、思いっきり馬鹿にして爆笑し出すことだろう。 その瞬間のことを思い、高耶はウンザリしたように顔をしかめた。 そうして千秋がわくわくしながら高耶の姿が現れるのを、いまかいまかと待ちわびていると……。 一人の黒髪の女が、木々の合間から現れた。次第に鮮明となるその輪郭。面影。 千秋がその姿を捉えて視覚で像を結んだとき、仰月形を描いていた彼の口元が、みるみるくずれ、目は見開かれ、やがては真顔になった。 女が、千秋と神狐から5メートルほどのところで立ち止まる。そうして彼女は不機嫌を露に柳眉をしかめると、 「約束どおり、来てやったぞ。千秋」 そう言って、高耶は頬にかかった長い黒髪を鬱陶しそうにかきあげた。怒った顔をしていても、彼女の白い顔は大輪の花のように匂やかで十分に美しかった。 千秋はその様子を放心したようにマジマジと凝視している。 そのまま数秒経って、いっかな反応がない相手にイラついたのか、高耶は思いっきり眉間に皺を刻んでわめいた。 「なんだよっ、笑いたけりゃ笑えばいいだろ素直に!」 《いや……、そうじゃなくってよ……》 覇気の無い声で呟いて、千秋は少し困ったように前髪を指でガシガシとかきあげた。隣の精神体高耶もその様子に眉を寄せる。なんだか予想していた反応と違う。 《おまえ……こりゃ、生まれてくる性別間違えたぞ、大将》 「はぁ?」 《いやまいった。流石の俺様も……ここまで大成功をおさめるとは予想してなくてよ。不覚にも度肝ぬかれちまったぜ》 計画ではあの高慢ちきな景虎の女姿を見て、思う存分笑ってやり、日ごろいろいろ溜まった鬱憤だのストレスだのを解消してやろうと思っていたのに、現れた高耶のあまりにも見事な美女っぷりに毒気を抜かれてしまい、千秋の計画ははかなくも不発に終わってしまったようである。 高耶は千秋の言葉に首をかしげた。なんだか分からないが、一応ほめられているらしい。 《こりゃあ、ずいぶん別嬪に変身したもんじゃのー》 神狐も感心したように頷く。千秋もそれには否定せず、 《にしてもこうやって見ると、ちょっと美弥ちゃんとも面影似てるよな。さすがは兄妹……》 そう呟いて、再度高耶の顔をしげしげと眺めた。 高耶と美弥の兄妹は、顔の造作的にはあまり似ていないように感じたのだが。女になって線のやわらかくなった高耶の顔は、確かに、どこかしら三つ下の妹の愛らしい面影を彷彿とさせるものがあった。 「え。そ、そうか……?」 高耶もこの言葉は素直に嬉しかったらしい。可愛い妹の顔立ちといまの自分が似ていると言うのなら、女の自分の顔も悪くないような気がしてきて、高耶は女の子のようなしぐさで頬に手をあてた。 千秋が振り向いて、それまで無言でいた精神体の高耶の服の袖を引っ張る。《なんだよ》と不満の声をあげるのも構わずに、そのまま精神体を本体の横に引きずり立たせた。 《おー、同じ顔だー》 ようやくそこで千秋は楽しそうにケタケタと笑った。両方の高耶はムッとしたように顔をしかめたが、そこで声をあげたのは、今まで隣で終始無言のまま佇んでいた、直江信綱だった。 「美しい光景ですねぇ……」 ハタと、二人の高耶がそこで振り返る。一心同体なのでそのタイミングから表情からすべて同じなのが面白い。 「《……っておまえなぁ》」 ついでに言葉まで同時だ。何度見てもこの精神体のシステムはいったいどういう構造になっているのか、千秋には疑問だった。 「男のあなたと女のあなたとのツーショットだなんて、夢のような光景ですね。是非写真に収めておきたいですよ。以前のあなたみたいに」 ニッコリと笑いながら言った直江に、高耶はギクッと、冷や汗をかく。もちろんこれは半年前の若返り事件の時の高耶の数々の所業を指している。 確かにこのツーショットは、仰木高耶ファンにとっては涙ものの光景だった。たぶん赤鯨衆内で販売すれば、即日完売、プレミアつきで6ケタは堅い。 「けれど今の四国では、通常のカメラでは映像が強い霊気によって遮断されてしまいますからね。武藤が持ってる霊硝石レンズのカメラがあれば良かったんですが……」 男の高耶と女の高耶と、そしてその間に自分が入れば完璧なまでの「両手に花」だ。素晴らしい。 武藤も一緒に連れてくれば良かったか……と、歯噛みする直江に引きつった顔で「そ、そうだな……」と相槌を返して、一つ咳払いをすると、ふたたび高耶は千秋へと向き直る。 「……さあ、お望みどおりこうやってはるばる剣山まで来てやったんだ。もう満足だろう。いい加減この身体、元に戻してもらおうか」 気を取り直した高耶が、われに返ったように真面目な声音で言い放ったのだったが、それに対し神狐は、そっけなく答えたものだった。 《無理じゃな》 「なんだと……っ?」 《おんしには前にも言わんかったかの。わしの術は一日24時間だけしか効き目はないのじゃが、それと同時に一度放った呪を途中で打ち切ることも出来ぬのじゃ》 「それじゃあ……」 《そう。つまりおんしの女体化は明日の朝にならねば絶対に解けぬということじゃな》 高耶はあまりのことに茫然とした面持ちで叫んだ。 「そんなっ、約束が違う!これじゃあわざわざ剣山に来る必要なんて全然なかったってことじゃねーか!」 《そゆこと。単に俺が満足しただけー》 高耶の今朝からの一連の苦労を嘲笑うかのように、ニシシと、勝ち誇った笑みを浮かべる千秋に、「こいつ、本気で四国から追放してやろうか」と高耶は眦をあげて怒りの炎をその両眼に燃やした。 《まぁまぁ、そんな怒んなって。おめーこれからどうせ暇なんだろ?だったら、明日の朝術が解けるまで、そこの旦那サマと二人でデートにでも行っちゃどーだ?》 顎で直江をしゃくった千秋の言葉に、怒りの形相を描いていた高耶の表情が、なぜだか一気に真っ赤に染まって、慌てたように両手を頬に当てた。 「デ、デートッ?」 《そ、デート。せっかく女になったんだ。堂々と直江と腕組んで街中歩けるぞー?こんな機会二度とねーぞぉ?》 それを聞いた高耶の顔が、さらにみるみる赤くになった。なんだか分からないが、ユデダコのようになって顔を押さえる高耶はの様子は、神狐の目から見てさえ相当に可愛らしかった。 「そ、そんなこと言われたって……。オレ、こんな服だし、そんな……」 と、どうでもいいようなことを慌てて呟いた。てっきり「この非常時に、そんなチャラけたことしてられるかっ!」とかなんとか罵声が飛ぶものと思われたのに、普段冷静沈着な仰木隊長があたかも本物の少女になってしまったかのようだ。 その様子を物珍しそうに眺めながら、千秋がヒラヒラ手を振って言った。 《あぁだいじょぶだいじょぶー。おまえがそう言うと思って、こっちでちゃんとスタンバっておいたからよ》 「……って、え?」 《つまりー。最初っからそこまで計画のうちだったってワケ。どーせおまえのことだ、直江のヤツも一緒につれて来ると思ってさ。面白れーもん見せてもらったお礼に、残りの時間は二人で街にでも繰り出させてやろうってな》 俺様は義理堅いのよー。とさもエラそうに胸を張って見せたものだ。唖然として声も無い高耶に対して、 その千秋に、どこかしらキラキラした目で視線を送るのは直江だった。 「長秀……おまえ……」 《……言っておくが、命が惜しかったらその続きは言うんじゃねー》 そうは言っても、これではやっぱり究極いいヤツ千秋だ。本人がどんなに抵抗しようが、もはや疑うべくもない。 直江は千秋に対する友愛の視線を送り終えると、高耶に向かって、 「高耶さん、長秀もこう言ってることですし、せっかくですから行きませんか?」 と、いまにも歯が光りだしそうなほど爽やかな笑顔を向けた。高耶はオロオロしたように目線を迷わせる。どうにか断る理由を探しているらしい。 「そんな……おまえだって、そんな怪しげな格好で街中うろつく気かよ」 確かに、187センチの長身の男(しかも超美形)が漆黒のサバイバルスーツなんか着て街中歩いてたら、また違った意味で目立ちまくりだろう。この男はまったく気にしなさそうだから怖いのだが……。 《その辺はぬかりねーっての。ホラよっ、直江》 と直江に投げつけたのは、いつの間に手にしていたのか、枯れ葉がいくつかひっついたアルマーニ(らしき)スーツ一式だったのである。ご丁寧に革靴までついている。どうやら木の陰のあたりに隠しておいたらしい。(どーでもいいが高いスーツを粗末に扱わないように) 《さーて、これで行くか行かぬかはおまえ次第だぜ、景虎》 千秋の言葉に、直江、神狐、3者の視線が高耶に集まる。 高耶は焦った。焦りまくった。どうしてここまで動揺しなければならないのかよく分からないほどに。 どうせ浦戸に戻っても、この女の身では西の総軍団長としての隊務をこなすことなどできやしない。裏四国結界の方も順調で、メンテの必要は当分無いし、死遍路たちのことは直接高耶が出向いたりしなくたって、分身たちが各々に対処していくはずだ。ならば、高耶の本日の午後は完全にフリーである。 しかし……。 (直江と……デートだって?) しかも女の身体で。男女でのデートだ。森の中のラブラブ散歩とかそういうのではなく、世の恋人たちが普通にやるような、街中でのデートだ。当然、女の身ならば、直江と手をつないで歩いたり、腕を組んで歩いたり、「こいつはオレのものなんだぞ!」と、すれ違いに熱い視線を送ってくる女達に見せ付けることも、フツーになんの気兼ねも人目も気にすることなく、あたかも蟻の子を踏み潰すかのごとく(?)容易に可能となってしまうのだ……! そんなの……。そんなの……。 (う、嬉しすぎて、恥ずかしいじゃねーかこのやろおおおおおぉぉぉぉーーーーッッ!) 仰木隊長コワレモード、ここに復活。 コワレてしまった仰木高耶に、もはや恐れるものなどなにもない。Nothing to lose。あとはもう暴走の一途を辿るのみ。 高耶は赤面していた顔を元の厳格な表情に戻した。そうして視線を、何かを促すように直江に向ける。 直江は正しくその意味を読み取って、ことさら優しい笑みをたたえながら、熱い声音でこう言った。 「私と、デートしてくださいませんか、高耶さん」 世の女の半分ぐらいはオトせそうな口説き文句だった。 高耶はその誘いに、 「……しょうがない。今回だけ、特別に許可する」 とそっぽを向いてエラそうに言い放った。しかしそんな彼女の両眼が、やたらと嬉しそうにキラキラと輝いているのを横目に見て、千秋は後ろを向くなりブブッとこらえきれず吹き出したのであった。 《さーて、そうと決まればお色直しといきましょーかね、景虎ちゃん?》 |