第八話


 今朝も真夏の日差し濃く、蝉の声がさんさんとざわめく庭。
 じっとりと汗ばむような陽気の中、北条の屋敷では今日も休むことなく厳しい稽古が続けられていた。
 水琴窟の音と相まって、聴こえるのは三味線の楽を奏でる音。それに重なるように、篠笛の調べが冷気を伴う風に混ざる。
 奏でられる曲は、長唄の「都鳥」だった。
 隅田川の情景を謳った曲で、川のほとりに水遊ぶ都鳥や、その景色を謳うとともに、川の辺にて行われる男女の逢瀬も描写した、非常に上品な曲である。
 十分ほどの小曲ではあるが、前弾以外は篠笛の休みの無い、笛方にとっては忙しない曲でもあった。
 洗練された美しい旋律が流れる。
 三味線を弾くのは、家元夫人。高耶にとって、義母にあたる人だ。彼女は篠笛の腕も確かだが、元は三味線の家の出で、師範免状も持っている。
 対する笛方は、高耶の兄弟子に当たる千葉という青年で、北条の家に住み込む内弟子の一人だ。高耶の部屋がある離れの、隣の隣部屋に住むのが彼であった。
 色白の、線が細く口数の少ない青年である。年は高耶よりも三つ上で、黙々と練習を重ねては繊細な音を紡ぎ上げていく、そんな奏で手だった。
 型通りで少々面白みのない吹き方ではあったが、「都鳥」の上品な曲調とよく合っていて、川の水面が光るように美しい空間を形つくる。
 小鼓を持つ氏政が合いの手を入れた。正面に座る家元は、目を閉じて無言のまま囃子に耳を傾けている。
 高耶は末席に座っていた。楽器は手に持たず、ただお囃子に聞き入っている。白緑色の麻の着物の膝の上で、指が、笛の運指を押さえていた。
 高耶の隣にも三人ほど、年性別それぞれの弟子たちが座る。他の弟子の演奏に耳を傾けるのも、重要な修行の一環である。
 やがて美しい響音と、「憎やつれなく明くる夏の夜」との唄の結句と共に、曲が終わり、千葉が歌口から唇を離した。
 ニ三、義母から注意を受けていたが、まずまず及第をもらえたようだ。家元も頷いていた。
 隣に座る、年配の女性弟子二人が囁くように言い合っていた。

「千葉さん、いよいよお名取りね、前回はご病気で受けられなかったけれど、これから大変だわ」
「うちは名取なとり試験が難しいことで有名ですしねぇ。他の流派はお師匠さんの推薦状だけで合格できるところもありますのに」

 お披露目とかで、お金の方もずいぶんかかるでしょうし、と、少し下世話なことまで囁き合っている。
 名取とは、音曲や舞踊などを習うものが、師匠から芸名を許されることを指す。名取となるには一定の技能を修め、「名取試験」と呼ばれるものに合格しなければならないのだが。
 北条流はこの名取免状取得が他の流派より難しいことで知られていて、まず、試験を受験する許しを師匠から得るのが難しい。それに、他の流派では受験資格を与えられた者は、よほどのことでもないかぎり合格できるのだが、北条流では試験の場で自分の実力を発揮できないようなことがあれば、容赦なく落とされる。
 試験は宗家で行われるので、高耶も実際に何度か目にしたことがあったが、あの独特な緊張感に敷き詰められた空間は、見ているこちらの方まで息苦しく感じたほどだった。
 そんな二人の囁き話を横目に気にしつつ、前を振り返ると家元がこちらをまっすぐに見つめていたので、驚いて背筋が伸びた。
 鈍茶の絽の着物に身を包んだ、髪に白髪まじる初老の男性。それが篠笛北条流四代目宗家・北条氏康であった。
 表情は硬く、いかにも気難しい気性を表すかのように、眉間に皺が深く刻まれている。
 家元はその引き結ばれた口元を解いて、厳格な口調で高耶に尋ねた。

「高耶、おまえも都鳥は練習していたはずだな」

 突如予想外のことを聞かれて、一瞬黙り込んだが、「え、ええ。練習してあります」と、確かに一つ頷いた。

「そうか、ならおまえも吹いてみなさい」

 突然の言葉に、義母が「家元っ」と諌めるように言った。しかしそれには構わず、高耶は急いで立ち上がると、千葉と席を入れ替わって、笛袋から篠笛を取り出した。端に結わえられた匂い袋の鈴が、ちりりと鳴った。
 その笛が、柿渋の天地籐巻き十本調子であるのを見て、義母は眉を顰めたようだった。
 高耶は今一度背筋を伸ばした。席に着く皆が彼を注目している。

「それでは師匠、家元夫人、よろしくお願いします」

 手をついて、氏政と義母に深く頭を下げる。義母も渋々と言った風に三味線を手に構えた。
 一つ眼を瞑って、瞼を開けたときには瞳に炎が灯っていた。
 その様をつぶさに見ていた氏政は、思わず息を飲んだ。

(これは……)

 一瞬で、彼を取り巻く空気の色が変わったことに気づいた。
 陽炎のようなものが立ち上る様を、一瞬目にした気さえした。
 風が漆黒の前髪を揺らす。
 高耶がゆっくりとした動作で笛を構える。
 緊張の糸が張り詰めた。
 三味線による前段が流れ、氏政の合いの手と共に、歌口に息を吹き込む。


 ピィィィィ─────ッ。


 甲高い音が響く。
 空気を打ち破るような音。鼓膜に鳴り響く。
 天から光が降り注ぐかのような音色だった。
 それからは皆、引き込まれるように笛の音に聞き入っていた。
 先ほど千葉が吹いた曲と、同じ曲だとはまるで信じられないほどだった。囃子方の一人が代わるだけで、こうまで一つの曲が異なる色合いを見せるものだろうか。
 空気の震えと共に、高周波の振動があたりを揺さぶる。
 先ほどの千葉の演奏の際には、たびたび手を止めては、駄目出しをしていた義母も、氏政も、他の者も皆一様に、やめることなく曲を紡ぎ続ける。
 中盤の天に突き刺さるような高音と、終極の穏やかな色調の調べと、その透明な音色に、そこにいる誰もが黙聴せずにはいられなかった。

 曲を終えて、高耶が閉ざしていた眼を見開き、歌口から唇を離した。
 千葉も、その他の弟子たちも、無言で高耶を見つめている。
 高耶は家元の顔を見あげた。評価を仰ぐために。家元もこちらを一心に見つめていた。緊張の糸が再度張り詰める。
 そうして彼が重い口を開き、その唇から高耶に向けて発されたのは、こんな言葉だった。

「おまえの笛は、まるで万葉の歌のようだな」

 えっ、と。高耶が眼を見開く。

「万葉?」
「あぁ、技巧的には未熟だが、それを補うほどの、大らかさや力強さ、そして音の広がりを感じさせる。まるで古都に吹く万葉の風のようだ」

 その言葉を聞いて、信じられぬものでも見るかのように、高耶は家元の顔を凝視していた。

「技巧に安定のある氏政が新古今集なら、叙情的で繊細な音を出す氏照は古今集。そして技術よりも素直な心を歌った、雄々しい音色を紡ぐ高耶の笛は、万葉集の古歌だ。ますらおぶりとは、よく言ったものだな」
「家元……」

 茫然とした声音で呟いた。
 家元から笛のことで叱責を受けることこそあれ、このように言われることは、いままでに無かったので。
 横で聞いていた義母は、面白くもなさそうな口調で、

「確かに。高耶が万葉集≠ニ言うのは、的確かもしれませんわね」

 そう言うと、小馬鹿にしたように笑ったのだった。
 おそらく新古今と古今は、貴族の和歌が主体だが、万葉集は東歌や防人の歌など、貧しい平民の歌が収録されていることを指して、そう言ったのだろう。
 家元は、そんな義母の言葉を咎めるかのように一瞬目線を流したが、やがてもう一度高耶に向き直ると、こう告げたのだった。

「おまえも名取の稽古を始めなさい」

 そこにいる誰もが眼を見開いた。
 高耶が何か言う前に、義母が青い顔で非難の声を上げる。

「家元、まだ早すぎます!」
「氏政も氏照も、高耶の年には名取だった。早すぎるということはないだろう」
「あの子たちとは状況が違うでしょう。高耶はまだ未熟です」
「先日の桐葉会の御浚い会も、勤め上げて見せたんだ。試験を受ける資格はあるだろう」

 ですがっ、となおも反対しようとしたが、家元が手で制し、首を左右に振った。
 家長の言葉はやはり絶対である。それが北条流の宗家の言葉となれば、なおさら。義母と言えども、それを覆すことなどできないのだ。

「これから厳しい稽古になるが、できるか?」

 家元の言葉に、高耶は両手をつくとガバリと頭を下げ、

「はいっ、ありがとうございます。謹んで勤めさせていただきます」

 そう言うと、頭を上げて、精気に満ちた顔を家元に向けた。
 家元もその表情を見て、鷹揚なしぐさで大きく頷く。
 試験は師走初めとなる。今から四ヵ月後に、北条流宗家の家で、家元を前にして執り行われるのだが、普段から家元に教えを受けている高耶や千葉には有利と言える。
 試験の稽古に取り掛かるのには時期的に少し遅いぐらいだが、課題曲は以前から何度と無く吹いてきたものなので、問題はないだろう。
 今日の稽古はこれで終わりとなった。家元が退室した後、高耶も笛の整理をしてから立ち上がり、部屋を出る間際、氏政が複雑そうな表情でこちらを見つめているのが見えた。
 高耶はもともと氏照に師事していたのだが、彼の死後は氏政に教えを受けていた。家元は舞台などで多忙であるため、普段は氏政に稽古をつけてもらうことになる。
 その高耶を追い越すようにして、義母が部屋を退室した。腹立たしげな表情をありありと浮かべながら、すれ違い際、こう呟いたのだ。


「妾の子の分際で……」


 思わず立ち止まった。やや眼を見開いて、縁側を渡る義母の後ろ姿を凝視する。
 閉じた障子の向こうから、口さがない弟子達の、声量を抑えた話し声が漏れ聞こえた。

「家元夫人は、どうしてあそこまで高耶君の名取にこだわるのかしらね」
「そうねぇ。お妾さんのお子さんには北条の名を名乗らせたくないのではないかしら。お気持ちは分からなくもないですけどね」
「そうかしら。それだけじゃないような気がしますけど……」

 立ち呆けていた高耶は、その場から歩き出した。無責任な言葉を、耳の奥の方で聞いていたが、特に気にはならなかった。
 それよりも今は、家元に告げられた言葉の方で、混乱しそうなほどに頭がいっぱいだった。
 これから始まる試験用の稽古のこと。課題曲のこと。名取のこと。兄のこと。家元のこと。

(オレの笛は、万葉の歌……)

 縁側から見える、真っ青な空を仰いだ。焼けるように眩しい太陽が、こちらを照らしている。
 自然と、笑みがこぼれた。暗褐色の瞳が、キラキラと輝いていた。
 ジリジリと、蝉の声が聞こえる。真夏の蒸し暑ささえ、いまの彼には心地よい。
 風に袖と前髪を揺らしながら、高耶は知らず拳を握り締めていた。






                *






「直江っ!」


 廊下から聞こえた叫び声に、背後を振り返ると、慌てたようにドタドタとこちらに走り寄る高耶の姿が見えた。
 直江は「おやおや」と呟いて、先ほどまで目を通していた新聞紙を手元に閉じた。

「今日はずいぶん早かったんですね」
「ああっ、稽古終わるの、いつもより早かったんだ。それより聞いてくれよ直江!」

 いつもの客間に入ると、高耶は直江の前に用意されていた座布団に、パフンッと腰を下ろして、直江に向き直り、満面の笑みを浮かべながらこう告げたのだ。

「父さんが、オレの笛のこと初めて褒めてくれたんだ!」

 両手で強く、握りこぶしを作りながら、熱く叫んだ。

「お父さんが?」
「ああ、あの人、稽古が厳しいことで有名で、注意されることこそあれ、褒められたことなんて、今まで一度もなかったのに。氏照兄や氏政さんでさえ、滅多に褒められることなんてないのに! 褒められたんだ! やったぁ! 滅茶苦茶嬉しい!」

 こぼれるような笑顔で、心の底から嬉しそうに、高耶は嬉々として語って見せる。
 これには直江も優しい笑みを浮かべて、心よりの祝辞を述べた。

「そうだったんですか、おめでとうございます。ようやくあなたの才能が、私の他の方にも認められ始めたということですね」
「ああ、ありがとう。これもきっと、みんなおまえのおかげだな」

 思いもよらない言葉を聞いた。
 私が? そう言って、首を傾げる直江に高耶は大きく頷くと、

「おまえに会って、笛を聴いてもらうようになってから、今までよりもずっと笛を吹くことが好きになっていった。おまえに褒めてもらえるのが嬉しくて、もっと上手くなろう、もっと練習して、色んな曲おまえに聞かせてあげようって、純粋な気持ちで、練習に打ち込めるようになった。こんなに笛を吹いてて楽しいと思えるの、初めてだったんだ。だからみんな、おまえのおかげなんだよ」

 春のそよ風のように、優しく微笑みながら高耶は心からの感謝の意を述べた。
 頬は熟れた林檎の果実のように紅潮していた。
 直江はなにやら気恥ずかしそうに、こめかみの後ろのあたりを掻きながら言った。

「そう……なんですか? それが本当なら、私としてもこれ以上嬉しいことはありませんが」
「うん。本当に感謝してる。ありがとう、直江」

 にっこりと微笑まれて、直江は思わず何か不思議なものでも見るかのように、高耶の笑顔を凝視したのだった。
 その様子を、怪訝そうに小首を傾げて見上げてくる高耶に、直江は小さく微笑しながらこう語った。

「いえ、あなたの笑顔、初めて見たような気がして」
「笑顔? オレ、そんなにいつもむっつりしてるのか?」

 彼の言葉に、高耶は片手で頬を押さえた。自分では、そんな風にしている自覚はないのだが。

「いえ、そんなことは無いのですが……ただ、なんだかあなたの笑顔はいつも、どこか淋しそうで、翳りを帯びているように見えたんです。それがいつも気になっていた」

 高耶が大きく眼を見開いた。
 真顔で直江をしばし見つめていると、不意に、目頭が熱くなって、涙が滲み出そうになった。
 高耶はそれを隠すかのように、やがて瞼を伏せて苦笑し、

「そっか……そうだとしたら、それもきっと直江のおかげだな」

 そう言って、直江の鳶色の瞳を正面から見つめた。
 それが、互いが互いを心の底から受け入れることができた、初めての瞬間だったのかもしれない。
 二人はそうして、しばしの間、言葉もなく見つめあっていた。



 午後になってやや暑さの盛りを過ぎた太陽が、木の葉の間から地面を照らし、花咲く庭に静かに木漏れ日を落としている。
 ひとしきりそうしていた後、二人はいつものように、笛の稽古を始めることにした。
 新しく課題に出された曲を、笛譜を見下ろしながら練習する。
 次の曲は、滝廉太郎作曲の「荒城の月」だった。明治を代表する、有名な唱歌である。
 つっかえつっかえ音出しをしていた直江が、不意に思い出したように、こんなことを尋ねた。

「ところで、お父さんは何と言って、あなたの笛を褒められたんですか?」

 真剣な表情で、直江の笛譜の譜読みをしていた高耶が顔を上げる。
 「ああ」と、その言葉に相槌を打って、今日の午前の稽古で家元から言われた言葉を、そのまま反芻した。

「オレの笛は、万葉集の古歌≠フようだって。技巧は未熟でも、大らかで音の広がりを感じさせるって」
「万葉の……ああ、確かにそれは、あなたの笛の特徴を表した、とても良い喩えですね」

 そう言った途端、高耶は再びにっこりと笑った。

「そう思う? オレも、万葉集の歌は大好きだから、凄く嬉しくって」

 無邪気な笑顔を見せる高耶に、直江も思わず口元を綻ばせる。

「そうだったんですか。高耶さんは、どんな歌がお好きなんですか?」

 え? と彼は呟いたあと、「そうだなぁ」と顎に手を当てて、そのまましばらく考え込んでしまった。
 彼が存外文学に、とりわけ古典に造詣が深いということは、いままで交わした会話の中で窺い知ることができた。
 もしも自分に笛がなかったら、その方面の研究者になるのも良かったかなと、以前彼が語っていたことを直江はふと思い出した。
 そうして深く考えに没頭していた高耶であったが、ようやく納得できるものが思い浮かんだのか、顔を上げて、少し恥ずかしそうに耳元を赤くしながら、こんな歌を唱詠して見せたのだった。

武庫むこの浦の、入り江の洲鳥、ぐくもる、君を離れて恋に死ぬべし=c…とか」

 予想外に、随分と情熱的な恋歌を挙げてきたので、直江は驚いたように高耶を見つめた。
 直江はてっきり、彼は季節の雑歌を例にあげるものと思いこんでいたので。
 たとえばかの有名な、巻八収録、志貴皇子の春の雑歌、石走る 垂水たるみの上のさわらびの 萌え出づる春になりにけるかも≠ニ言ったような、爽やかな季節歌が彼にもっとも似合うと思っていたのだ。

「知ってます。確か巻十五だか十六だかの、巻頭歌でしたよね」
「うん、遣新羅使の妻が、旅立つ夫に向けて詠んだ相聞歌なんだけど……」

 歌意はこうである。

 武庫の浦の入り江の洲の鳥が、ひな鳥を羽根に包み込むように、あなたは私を大切にしてくれた……。そんなあなたを離れては、私は恋しさのあまり狂い死んでしまう

 旅立ちの朝、もう二度と自分のもとへは戻らないかもしれない夫に向けて、妻がその痛切な想いを詠み込んだ、悲しい恋歌である。

「……とても、素敵な歌ですね。あなたも、そんな風に思う相手がいらっしゃるんですか?」

 唐突に言われたその言葉に、高耶は一瞬ぽかんと口を開いた後、「ええええっ!?」と激しく仰天して、首をぶんぶん横に振った。

「ま、まさかっ。そんな相手、いるわけないだろう!」
「そうなんですか? あなたの年なら、そうおかしくはないと思うんですが」

 面白がるように、小首を傾げて見せる。
 高耶の顔は耳まで真っ赤だった。むきになって否定するところが、かえって怪しいのだが。

「そういう自分は、どうなんだよっ」
「私ですか? ……残念ながら、そんな情熱的な歌を送りたいと思うような相手は、いまのところ現れていませんね」

 淡々と直江が語るので、高耶も怒らせていた肩をすっとおろした。

「いないのか? 本当に?」
「ええ。いませんよ」
「ふーん……そっかぁ」

 高耶が、何かを考えるように、こちらをチラリと見ながら、呟いた。

「……? どうかしたんですか?」
「いや、別に、こっちのこと」

 そう意味ありげに呟くと、高耶は再び、笛譜に目線を落として譜読みを始めてしまった。
 気になって、なおも問い詰めようかと思ったが、いま無理に聞き出すこともないだろうと思い、頃合いを見計らって、また後日聞いてみることにしようと、直江も直江で己の練習を始めたのだった。




高山流水
篠笛初恋物語
2005*8*15
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To Be Continued......
 第八話、いままでで一番長い話になりました。
 なにやら直高が、直高がバカップル化しているのは気のせいでしょうか。ブルブル。そして直江が鈍いのは、決して気のせいではありません(笑)。
 しかし直高がイチャつく場面ほど筆が乗る箇所は無いなと、今日改めて気づかされました。前半書くのは3日ほど掛かったのに、後半は2時間で書き上げてしまった。これからしばらくはイチャイチャモードなエピソードが続く予定なので、さぞや筆も乗りに乗ることでしょう。(←本当ですか)
 最後に出てきた万葉相聞歌は、私が万葉集の中で、一番高耶さんだなぁと思う歌です。だって、「君を離れて恋に死ぬべし」ですよ。わだつみ……(泣)。しかも「羽ぐくもる」の言葉で、覇者魔の「翼」の場面ともかけてあるのです……。包み込むように護るのですね。
 同じように、万葉集約四千五百首の中で、一番「ああ、直江だ……」と思う歌も存在します。
 こちらはもはやありえないぐらい直江です。直江が詠んだとしか思えません。え、というか直江の歌でしょう?(←高坂より前の人の作歌ですよ)
 機会があればどこかで出したいと思います。