これにて「高き山と流れる水、そして君思う調べ」は完結です。
これまで長々とお付き合いいただきありがとうございました……。
最後まで書くことができて、本当に満足しています。
思えばこの小説の内容を思い浮かんだのは、大学の講義の最中のことでした。
確か日本美術の講義の中で、『絶弦』の故事を習ったんです。そしてその説明を聞いて、なんとも言えず感動し、この故事をモチーフにして笛吹きの高耶さんと直江の二人で物語ができないかなぁと思い立ちました。
この『絶弦』の故事は、またの名を『高山流水』『断琴の交わり』『知音』などとも言い、あえて作中では最後の最後になるまでその内容の全貌を明かさずにおいたのですが、皆さんはご存知でしたでしょうか。
伯牙の琴を誰よりも理解してくれた男・鐘子期は、故事の最後に死んでしまいます。
そして残された伯牙は、鐘子期のいない世界では琴を弾く意味が無いと思い、自分の琴の弦を切って、二度と琴を弾くことなく生涯を終えてしまうのです。
これをどうにか直高でやりたいと思ったのが最初の動機なので、やはりこの物語の最後は、ああいった形で終わるしかなかったのだと思います。
本当は書いていくうちに、「どうにか違う結末にできないものか」と悩んだりしました。だっていざ実際に書いてみると高耶さんが不憫で不憫でたまらなくて……(泣)。
でも、この「高山流水」シリーズのプロットを考えていく上で一番最初に思い浮かんだのがあのラストシーンだったものですから、いまさら変更することもできなかったのです。
祝言の席で、絶弦の故事を読み上げたあと直江に贈られた笛を折って、彼は二度と笛を吹くことなく直江のもとを去っていく。「振り返ることだけは、決してなかった」という最後の一文だけは、一番最初から決めてありました。
ここに辿り着くまでどれだけかかったことか……感無量。
心残りなのは、せっかく時代設定を「大正末あたり」としたのに、それらしい描写をなかなか入れられなかったことです。せめてふたりで外にお出かけしてくれればよかったのに。約束した海にも結局行けずじまいですしね。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
よろしければWeb拍手などで、一言でもご感想などお聞かせいただけると大変嬉しいです。
……あとですね。
この作品を読んで、「悲しい終わり方だったけど、これはこれで良い結末だった」と思って満足していただける方は、このままHomeボタンを押して小説ページにお戻りください。
……しかしながら、「長々と22話も読ませた挙句、結局最後はこんな結末だなんて許されると思ってるのか!」と憤慨されている方も多いかと存じます。
そういう方々のために、このページに中に……真の最終話への入り口が……存在しますので、どうぞこのまま続きをお読みいただければ幸いです。
それではご感想お待ちしております。