青春の色はキツネ色



          

後編


「うわわっ」

ドスンッ。という豪快な音を立てて、青年隊士が床に尻餅をついた。

「あいったぁ〜」
「大丈夫か」

廊下の曲がり角で出くわして、ぶつかった拍子に転がってしまった隊士に直江は手を差し出した。

「え、ああ大丈……アアッ!」

その隊士は自分がぶつかった人物を視界に捉えると、突然素っ頓狂な声を上げた。

「た、たちばな砦長!」

あわあわと混乱したように直江を見上げている。
不可解な様子に直江は訝しげに眉を顰めた。そして膝を折って隊士の顔を覗き込む。

「どうかしたのか」

目の前に直江の顔が近づいた瞬間、隊士の顔がカァッと真っ赤に染まった。

「な、なんでもありませんっ!」

隊士は慌てて立ち上がり、ガバッと頭を下げると、ユデダコのように赤い顔のまま一目散にその場から逃げ出していった。
あとに残された直江は、呆然とその後ろ姿を見送っている。

「なんなんだ、あいつは……」

この姿がそんなに不気味だとでも言いたいのか。
傷跡一つない己の左手の平を見つめて、直江はゲッソリとため息をついた。



高耶に命じられたとおり、今日の会議を直江は欠席し、その日は砦から一歩も出ずに過ごした。
だが流石に自室に篭るわけにはいかなかったので、必要に差し迫られて何度か館内を移動したが、隊士とすれ違うたびに不躾な視線を注がれて、正直、直江はかなりウンザリしていた。

(そんなにジロジロ見ても楽しいもんでもないだろうに……)

今も背後から痛いほどの視線を感じる。
直江は眉間に深い皺を寄せて、不機嫌も露に足音を荒立てて廊下を歩いていく。

「おい、今のが橘砦長だろ?」
「ほーお。若い時はあんなんじゃったのか」
「にしても、今も昔も女うけしそうな顔しちょるのぉ」
「ええのぉ。わしもあれっくらい顔が良かったら、めいっぱい活用しておなごを入れ食いに……」
「おまんみたいなドンくさい男はダメじゃろ」
「けど、あの黒き神官がわしらよりいくつも年下っちゅうのは、変なかんじじゃな」
「馬鹿っ、橘は現代人じゃきわしらより下であたりまえじゃろが」
「ほじゃけんど、こう、改めて見てみると……ちくっと好みじゃな」
「えっ、おまんもか?わしも今まで意識したことは無かったが、年下だと思うと、こう、なぁ……?」
「そうそう、仰木高耶とはまた違ったタイプで……なんとも」
「良かった、俺も実は……」
「「「…………」」」

……などと、隊士達は好き勝手に直江の噂をしあった。
昨日までは長身で体格も良く男らしい、どこから見ても成熟した男性であった自分たちの上司が、今日になるといきなり、中性的な面差しのうら若き美少年になってしまったのだ。隊士達はそのギャップにやられてしまったらしい。
直江も時折寄越される不躾な視線が、まさか一部の隊士達のそういった熱い視線であるなどとは、夢にも思わない。
だが、うっとおしくてたまらないことには変わりない。それだけならともかく、何より直江がこたえたのは高耶のあの態度だ。
こちらに刺すような鋭い視線を向けてきた高耶。あの視線の意味は、いったいなんだったのか。

(高耶さん……)

こんな身体になってしまった原因は未だ微塵も解明されていないが、自分をこんな目に合わせた張本人(または物体)を、直江は心底呪わずにはいられなかった。



一方高耶は、会議が終わった後もこの宿毛砦に残留していた。
実際には会議が終わるとすぐに、当初の予定として訪問が決まっていた中村に赴き、神業のような速さで数々の任務を終わらせるやいなや、とんぼ返りでこの宿毛に戻ってきたのだ。
だからあの医務室以後、高耶は直江の顔を見ていない。
現在午後九時。高耶は食堂で遅い夕食をとっていた。これを食べ終わったら直江の部屋に行く予定である。

(もうすぐ直江に会えるんだ……)

そう考えるだけで高耶はもう、胸がいっぱいであった。

「仰木さん?」

そこで、高耶のテーブルの向かいの席に座っていた卯太郎が心配そうに覗き込んできた。

「箸、とまってますけど……どがいしたとです?」

卯太郎の声で向こうの世界から意識を取り戻した高耶は、キリッと頬をひきしめ、

「いや、なんでもないさ」

と、何事も無かったかのように再び鰹のたたきをつつきはじめた。

「そうですか……。ああ、ところで仰木さん。わしさっき橘さんを廊下で見かけたんですけど」

その言葉に高耶はピクリと反応した。

「橘……」
「ええ、びっくりしましたよ、凄く。いきなりあんなに若くなってしもうて。17歳ぐらいに見えましたけど、すっごくカッコよかったがです」

高耶は更に顕著にピクピクッと反応する。卯太郎はそんな高耶の様子に不審も抱かずに続けた。

「実は……わし、一番の憧れは仰木さんなんですけど、橘さんにも憧れてるんです。橘さんって有能なうえに、背が高くてすごく男らしくて、その、大人の魅力ってかんじで……。やっぱ、男に生まれたからにはあんな風になりたいって思いますき。特にわしは、いつも子供っぽいって言われちょったから……」
「……そうか」
「ええ。わしもあと20年くらいたったら、あんな風になれるかなって思っちょったんですが、橘さん、17になってもやっぱり大人っぽいんですよ。とてもわしと2つぐらいしか違わないなんて思えません。いや、いくら体が17になっても中はそのままなんだから、当たり前かもしれませんけど」

下心無く、素直に直江に憧れる卯太郎の笑顔を見ながら、高耶は複雑な表情で黙り込んでいた。直江のことをこうやって褒められるのは、やっぱり、誇らしい。けれどそれと同時に、ある種の感情が頭をもたげるのもまた、確かな事実であった。

(ガキだな。オレも……)

そう自嘲の笑みを浮かべた時であった。

「あ、橘さん」

えっ、と高耶はもの凄いスピードで卯太郎の視線の先を振り返った。
食堂前の廊下には確かに、見慣れているようで見慣れない、黒いTシャツを着た少年が歩いていた。

(アイツ……っ、あんまり出歩くなって言っといたのに……)

そう高耶が憤慨したときであった。そのやたら甲高い声が廊下に響き渡ったのは。

「たっちばな〜!」

見れば、直江の後方から5、6人の女集団が駆け寄ってくるではないか。

「橘!なんじゃねぇ〜。随分カワイクなっちょって〜」
「寧波」

そう、鵜来の寧波を筆頭とした、白鮫集団である。噂を聞きつけてわざわざ直江を見に来たらしい。
あっという間に女たちは直江の周りを囲んで、それぞれに喋りだした。

「話に聞いたときは信じられんかったけど。まさか本当に若返ってるとはねぇ〜」
「背も結構縮んだみたいじゃないか」
「声も前より少し高いし」
「確かに言われてみなきゃ、橘だとは気付かんね」

直江が相槌を打つまもなく、キャイキャイと騒ぎ立てる。
直江が途方にくれて突っ立っていると、青月がおもむろに直江の腕を引いて、

「まあ、立ち話もなんだしお茶でも飲もうじゃないか」

と言いながら食堂に入って直江を席に着かせ、たちまち女たちプラス一人の少年の座談会が始まってしまった。

(な、なんなんだアイツらはぁ〜)

高耶は離れた場所で、その様子を腹立たしげに見つめていた。
直江はどうやら、高耶の存在には気が付いていないようである。

「にしてもどうしてこんな体になっちまったのさ」
「いや、まだ原因は分かっていないんだ」
「へぇ〜。まあでも、前のあんたも良かったけど、年下ってのも結構いいもんだねぇ〜」
「見たトコ17ってとこ?カワイイねぇ〜。食べちゃいたいね〜」
「ほんとカワイイよぉ。どうだい?今夜辺りおねーさんのお相手に」

キャハハハ、と華やかな笑い声が食堂に響き渡る。
どうやら少年・橘義明は、白鮫のお姉さまたちのツボに見事ハマってしまったらしい。直江は苦笑しながら適当に返事をしている。
それにしても大した度胸の持ち主たちである。あの直江信綱に面と向かって「カワイイ」などと連呼するとは。

「どうして黒き神官ばっかりあないにおなごにモテるんじゃ……」
「やはり顔かのぉ……」

直江を取り囲む白鮫たちの様を渋い顔で見つめながら、男たちは呟いていた。中には羨ましそうな目で直江を……ではなく白鮫を見つめる隊士もいた。
だが、それとは全く異種の強烈なオーラを発する男が、約一名いた。

(くっそぉ、あのアマッ……そいつはオレのなんだぞぉぉぉーーー!)

高耶の真っ赤な瞳は悋気の炎にメラメラと燃え盛っていた。
高耶は今ほど、赤鯨衆内において自分と直江が公認の仲ではないことを、悔しく思ったことはなかった。今すぐあの集団の中に割って入って、「こいつはオレのものだ!」と叫び出したかった。
高耶の堪忍袋の緒は、今にもブチギレ寸前であった。眦を吊り上げて、壮絶な勢いで白鮫たちを睨みつける。
もし高耶が今、蠱毒薬と遮毒コンタクトを使用していなければ、確実にそこに座る白鮫全員、血を吹いて絶命していたことだろう。

(もう……我慢ならねぇ……)

なおもエスカレートしそうな白鮫たちの会話に我慢の限界を感じ、高耶があと少しで椅子から立ち上がりそうになったその時、

「まあ、いたいけな少年をからかうのはこれくらいにしとこうかね」

そう言って先に席を立ったのは寧波であった。

「これ以上調子に乗って、そこの隅から覗いてるボウズに闇討ちされたら敵わんきねぇ」

と言いながら横目に視線を高耶のほうへ向けてきた。
高耶はすぐさま振り返っていた体を正面に向きなおした。

「えっ……たか……」

直江が短く呟く声が、後ろから聞こえた。どうやら本当に気がついてなかったようだ。あの男は。

「ヤダねぇ〜。おのこの嫉妬は怖いねぇ〜」
「まあでも、相手が橘なら気持ちは分からんでもないね。これだけカワイイんじゃ見張っちょりたくもなるわ」
「そうやね〜。前も良かったけど、アタシは今の橘の方が好みやわ」
「そう?私は自分のオトコにするなら前の方がいいけど」
「ほれほれ。あんたたちいい加減にしないと、冗談抜きで殺られるよ」

性懲りも無く再び騒ぎ始めるた女たちに、青月が呆きれた声で言った。それを期に白鮫達は椅子から立ち上がり、直江に声を掛けながら食堂から出て行った。
去り際に、寧波が直江の肩に右手を乗せ、

「まあ、上手くやるこったね」

と言って、高耶のほうを振り返り、目線の合った高耶にウィンクしてみせた。
食堂から立ち去った寧波の後ろ姿を見つめながら、直江は顔をしかめた。

「一体なんだったんだ。あいつらは」
「“なんだったんだ”じゃねーよ」

直江は驚いて背後を振り返った。そこには氷のように冷たい瞳をした高耶が腕を組んで佇んでいた。

「仰木隊長……」
「橘、話がある」

目を見開いた直江に、高耶はゾッとするような低い声で告げた。
高耶は顎で促して直江を立ち上がらせると、

「行くぞ」

と言い捨てて食堂の出口へと向かった。





高耶はすぐには直江の部屋には向かわず、いったん自分が滞在する部屋に戻って、中から白い紙袋を持ち出してから、二人で直江の部屋へと入って行った。
部屋に入ってからの高耶は、直江の予想に反して無言であった。ソファに座り込んだきり目線をあわせようとはせず、一言も言葉を発しようともしない。
だが高耶の不機嫌なオーラだけは息苦しいほどに感じる。直江は高耶と同じく無言のまま黙っていたが、沈黙のプレッシャーにとうとう耐えられなくなり、苦しげな声で言葉を発した。

「どうして何も言わないんですか……」

高耶が顔を上げてこちらを見つめてきた。それを見て、直江は自嘲するように言った。

「笑うなら笑えばいいじゃないですか……」

様子のおかしい直江に、今度は高耶が眉を寄せた。

「何を言っている」
「呆れてるんでしょう?こんな訳の分からない身体になってしまって。あなたのことを満足に守れもしないくせに、いらぬ問題だけは次々と背負い込んで」

高耶は目を見開いた。どうやら直江は、とんでもない勘違いをしてしまったらしい。
高耶の始終冷淡な態度が、自分を呆れて見放したゆえのものだと思っているようだ。
だからと言って普段の彼ならこんなにも取り乱すことは無いだろうが、今は何しろ、情緒も不安定になりやすい思春期の少年なのだ。

「大そうな事ばかり言って、実際にはこの体たらくだ。こんなんであなたのことを救うだなどと、笑わせる。おまえはいつも口ばっかりだって、心底呆れてるんでしょう……!」
「落ち着け、直江」
「そうやっていつもあなたは何も言わないで、私に決して本心をみせようとはしないで、あなたは俺を哀れんでるんですかっ。それがあなたの良心だとでも言うんですか……!」
「直江!」

高耶が鋭く一喝した。
直江はなおも言い募ろうとしていた言葉を飲み込み、視線を落として唇を噛んだ。

「オレがいつ……おまえにそんなことを言った?」

高耶の傷ついたような声に驚いて直江は顔を上げた、鳶色の瞳と目線が合った高耶は、その両目を少し細めた。先ほどの直江の言葉に、高耶の心は少なからず傷ついたのだ。

「……。高耶さん」
「まったく……、いらない勘繰りするんじゃねぇよ」

高耶は息を一つ吐いた。そして目線を上げ、立ちすくんでいる直江の姿を再び見つめる。

「まあ、いいさ。おまえがもしそんなにオレに悪いと思ってるなら、オレの言うことを一つ聞け」

そう言い放って、高耶はおもむろに足元に置いてあった紙袋を持ち上げた。
先程高耶が自室に行って取ってきたものだ。不可解そうな顔の直江を尻目に、高耶は袋に入っていたものを両手で丁寧に取り出す。
そしてソファから立ち上がり、直江の胸前にそれを持ち上げた。

「これを着てくれないか」

そう言って直江に差し出したのは、漆黒の布地に金のボタンがキラリと光る、学ランであった。

「……は?」

全く予想だにしなかった展開に思考が付いていかず、直江は間の抜けた声を上げた。

「だから、これを着ろと言ってるんだ」
「着ろって……学生服のようですが……」
「ああ。清正に頼んで貸してもらった」

高耶はサラリと返事を返してきたが、ますますもって直江には訳が分からない。

「どうしてこんなものを着るんですか」
「いいからっ。それとも、オレの言うことが聞けないって言うのか?」

そう言って直江をギラッと睨みつけた。直江は困惑しながらも、ここで高耶に逆らうのは賢明ではないと悟って、高耶の手から学ランを受け取った。

(よしっ、上手くいったな)

高耶は内心でガッツポーズを決める。
直江は高耶のそんな様子にも気付かずにYシャツを手に取った。

「高耶さん、サイズは合ってるんですか?」
「ああ、多分大丈夫だと思う。清正は177センチらしいんだけど、今のおまえ、だいたいオレと身長同じくらいだもんな」

そう言って、高耶は直江に近寄り背の高さを比べて見せた。
詳しい差は分からないが、見たところ本当に同じくらいである。

(直江って高校生の頃はオレとそう変わらなかったんだ……)

そう思うと、なにやら感慨深いものがあった。
仰木高耶の自分が直江に初めて出逢った時は、既に直江は187センチの長身で、いつだって自分は直江を見上げていたのだ。
体格は高耶の方が細身ではあるが、眼の高さが自分と同じの直江だなんて、ひどく不思議な光景であった。
そうやって高耶が感慨にふけっている間に、直江は着々と着替えを済ませ、高耶が気がついて視線を上げた時には既に学ランに着替え終わっていた。

「着終わりましたけど……」

戸惑ったような口調で直江はそう言って、両腕を少し上げて見せた。
高耶は絶句していた。

(か……かっこよすぎる……)

高耶は感動のあまり言葉が出なかった。それくらいに似合っていたのだ、直江の学ラン姿が。
もともと彼には黒がとてもよく似合う。カッチリと上までとめた詰襟に、学生らしく手を加えた形跡の無い無造作な髪。飾りの無い制服は彼の整った顔立ちをいっそう際立てていた。
惚れた欲目を差し引いても、文句なく似合っている。誰がなんと言おうと、「学ラン美少年」と称して差し支えなかった。
今まで制服を着て学校に通う直江の姿など、とても想像できなかったのだが、ふいに自分と共に同じ高校に通う直江の姿が目に浮かんで、高耶はみるみる頬を赤く紅潮させた。

(うわぁ、いいなぁ、いいなぁ、すっげーやってみてぇー)

直江と一緒に勉強したり、体操服でグランドを走ったり、休み時間にサッカーをしたり、下校中に街中をブラブラしたり。もちろん昼飯は自分がお手製弁当を作ってあげて、二人で一緒に屋上で食べて……。友人達には冷やかされそうだが、まあいいさ。独り者のやっかみなんて、オレは気にしない。
普通の高校生活を直江と共に繰り広げるのだ。夢のような光景だ。なんて素晴らしいんだろう。
ウットリと直江を凝視する高耶に直江はさらに困惑し、怪訝そうに高耶の名を呼んだ。

「あの……高耶さん?」
「え。あ、何?」
「それで、……どうするんですか」

そう尋ねられて、やっと高耶は当初の目的を思い出した。

「え、ああ……そうだったな」

そう呟くと高耶はおもむろに右手を顔の横に持ち上げ、パチンッと指を鳴らした。
その瞬間、突然部屋のドアがものすごい勢いでがバタンッと開け放たれる。驚いて振り返った直江がそこに見た人物……それは。

「武藤っ」

そう、それは一眼レフカメラを胸に携えた趣味多き男・武藤潮であった。
潮は返事もせずにズカズカと室内に侵入し、そして高耶の前に立ち止まった。

「それじゃあ、準備してくれ。構成はオレが決めるから、オレの指示通りに頼む」

そう高耶に手早く指示を受けると、潮はおもむろに胸元の愛用カメラを両手に持って、ファインダーを覗き込み始めた。
直江はその様子を、唖然とした面持ちで凝視する。

「いったい……何が始まるんですか」
「何って、見て分からないか?写真を撮るんだよ」
「写真?何の」
「おまえの」

一瞬、何を言われたのだか良く分からなかった。直江は目を丸くしてもう一度高耶に尋ねた。

「私の、ですか」
「ああ、だから着替えさせたんだろう?」

高耶はそう広くはない室内にぐるりと視線を走らせた。

「本当はちゃんとした機材とセット用意して撮って、写真集でも作ろうかと思ったんだけど、流石にそこまでするのはどうかと思ってさ。まあ、飾らない日常風景ってことでいいよな」

呆然とする直江を無視してそう微笑すると、潮の方に振り返る。

「用意できたか?……それじゃあ始めようか」

そう言うと、直江の腕を引いて窓際に立たせた。そうして少し離れてから細かなポーズの指示を出していく。

「さあ、いいぞ武藤。後はおまえの好きなように撮ってくれ」

高耶のその言葉と共に、パシャッパシャッという機械音が室内に響いた。

「直江、目線こっち向けて。うん、もうちょっと笑って」

直江は高耶の指示に従って、引きつった笑みを口元に浮かべた。

「おいコラ、笑顔がぎこちねーぞ。もっといつもみたく“大人の微笑”とやらを出せ」
「そんなこと言われても……第一、いま私は子供です」
「うっせぇ、屁理屈ごねんじゃねぇ」

そんなやり取りを交わしながら、一通り撮り終えると、

「よし、それじゃあ次行こうか」

と言って今度は直江をベッドに腰掛けさせた。

「……まだ撮るんですか」
「当ったり前だ。ほら、疲れた顔してんなよ」

直江はゲッソリと息を吐いた。そんな様子には一向に構わず、潮は黙々とシャッターを切っていた。

「直江、顔もうちょっとうつむかせて。ああ、ちょっと胸元のボタンはずしてみてくれ」

そう指示されて直江は大人しくボタンを外し、次いでYシャツの胸元もくつろげ始めた。
そうすると、今度は直江の雰囲気がガラッと変わった。服装を崩したことによって、今までの禁欲的な雰囲気が一変し、少年らしい青く爽やかな色気を醸し出し始めたのだ。

(うっわーーーーっ、鎖骨が眩しいぃーーーーっっ)

高耶の興奮ボルテージが一気に駆け上がった。直江の裸を見慣れているはずの自分が、この程度の露出でどうしてここまで興奮してしまうのだろうか。

「よ、よし!今度はツーショットだ」

そう言うと高耶は直江の横に腰を下ろし、あろうことか直江にピッタリと身体をくっつけてきたのである。

「高耶さんっ」

ギョッとした直江が慌てて高耶の身体を引き剥がそうとするが、高耶は一向に離れようとはしない。
と言うか、あの直江がこんな反応を返してくるとは思わず、高耶の方がギョッとしてしまった。思春期の少年の心理と言うものは、思った以上に難しい。

「いいじゃねぇかよ、何おまえいまさら恥ずかしがってんだ?」

高耶がムッとして上目遣いに直江を睨んだ。直江はそういう問題ではないと首を振る。

「武藤がいますよ」
「ああ、それなら大丈夫。催眠暗示ほどこしてあるから」

えっと振り向いて潮を見た。
潮は特に反応も無く、黙々と写真を撮り続けている。この年中騒がしい男が先程から始終無言であったのは、こういう訳だったのだ。

「随分と用意周到なんですね……」
「ん、まあな」

曖昧にうなずいて誤魔化した。もちろん、直江のこんな学ラン姿を他の誰にも見せたくなかったからだ。
高耶はウットリとした目で直江を見つめている。

「ああ、なんかこうしてるとオレ、高校生の弟の父兄参観とか行っちゃう社会人のアニキになったような気分だな」
「お兄さん……ですか」

なにしろ今の高耶は直江よりも3、4歳年上なのである。直江が苦笑して高耶を見つめ返した。

「あ〜もう、くっそ。こんなことならオレもスーツかなんかに着替えれば良かった」
「お貸ししましょうか?スーツ」
「馬鹿、おまえのじゃデカすぎるだろ」

それもそうですね、と直江が柔らかく笑った。高耶はその鳶色の瞳に思わず見入った。
ふいに二人の視線が空中で交錯し合い、しばしの間、二人は無言で見詰めあった。
暫くして、直江が「高耶さん」と、高耶の名前を呼ぼうとして唇を開いた瞬間、

「えっ」

ガタンッと盛大な音を立ててベッドをを軋ませながら、直江は高耶に押し倒されていた。
驚いて上を見上げると、そこには隠すことなく欲情を湛えながらこちらをギラギラと見つめる、美しい二つの邪眼があった。

「……弟にこんなことしていいんですか?兄さん」
「やっぱ兄貴はやめて高校教師と生徒にする」
「20歳じゃ教師には若すぎますよ」
「それじゃあ教育実習生だな」
「……青少年保護育成条例に引っかかりますよ」
「おまえが言うか、それを」

クスクスと笑いあいながら、高耶はゆっくりと顔を寄せていき、直江の唇に己のそれを重ね合わせた。
やさしく触れ合うだけだったそれは、次第に熱を上げ、キツく深く互いを貪りあう激しいものへと変わっていく。


                             
to be continued...★


        
           






高耶さんのコワレは、ますますグレードアップするばかり(笑)。
ここまで思われて、やっぱり
不幸なようでシアワセな奴だな、直江。

皆さんの御予想に違わず、
直江には学ランを着てもらいました〜♪
うふふ、カッチョエエなぁ。(キヨマサは不幸)
でも直江は古城高校のノーマル学ランより、
私立全寮制のお坊ちゃま高校とかにありそうな、
ボタンなしの学ランとか白ランとかの方が似合いそうv

さあ、続きはどうなるんでしょうね?
断っておきますがノダは清純女子高生ですので、
イヤンな展開はあまり期待しない方が良いです(笑)。
しかし日々よそ様の裏小説を読んで研究しておりますので、
いつかはエロエロ裏小説に挑戦したいと思います!(ゲヘv)

2002/5/3